国際情勢

メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

全て表示する >

【メルマガ日台共栄:第596号】 黄崑虎氏が転向したとデマを流す親中派 [本会理事 薛 格芳]

2007/08/23



>>>>> http://www.ritouki.jp/――――――――――――【平成19年(2007年) 8月23日】

    ☆★☆★ 日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」 ☆★☆★
      新しい日台交流にあなたの力を!!
<<INDEX>>―――――――――――――――――――――――――――――[Vol.596]
1>> 黄崑虎氏が転向したとデマを流す親中派 [本会理事 薛 格芳]
2>> 中華航空は猛反省し世界指折りの安全な航空会社を [千葉県支部 金光 俊典]
3>>【読者の声】台湾の地質研究者(9) 林朝ケイ [地質学研究者 長田 敏明]

■本日から事務局は通常勤務
  残暑お見舞い申し上げます。昨日まで日本李登輝友の会本部事務局は夏期休暇をい
 ただいておりましたが、本日から通常勤務となります。よろしくお願いします。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1>> 黄崑虎氏が転向したとデマを流す親中派 [本会理事 薛 格芳]
   李登輝氏「転向」を掲載した「壹週刊」が今度は黄崑虎氏を標的に捏造記事

 何とも面妖な記事が台湾の「壹週刊」に掲載されました。本会のカウンターパートナ
ーである李登輝之友会の黄崑虎・全国総会長が中国国民党の馬英九・総統候補と会って、
対抗相手(つまり緑陣営)に支持や寄付をしないという約束をしたというものです。

 本会の薛格芳理事がその詳細を伝えていますのでご紹介します。

 昨夕、黄崑虎先生に連絡しましたら、やはり「壹週刊」の記事には怒り心頭の様子
でした。

 以前ならいざ知らず、最近は馬と会ったこともないと明言。あの温厚な黄先生が声を
荒げて「馬を支持するなどと、口が裂けても言わない。国民党は汚い!」と馬英九氏の
ネガティブキャンペーンを非難していました。今後も「自由時報や民視を軸に精一杯反
論する」とのことでした。                      (編集部)
------------------------------------------------------------------------------
黄崑虎氏が転向したとデマを流す親中派

                   日本李登輝友の会理事・青年部長 薛 格芳

 台湾で売られている香港系の「壹週刊」は、李登輝氏の「転向」のデマを流した悪質
な反台湾の雑誌として、日本でも少し有名になりましたが、最近またでたらめな報道を
行って、台湾に打撃を与えようとしました。

 今回のターゲットは台湾の「李登輝之友会」の全国総会長である黄崑虎氏です。黄会
長のことなら、台湾李登輝学校研修団に参加したことのある方の多くはご存じです。い
つも日本精神で、台湾を愛する日本人を温かく迎えてくれています。

 その黄会長のことを、「壹週刊」の8月16日号は次のように報道しました。

 「馬英九はこの間、嘉義で副総統候補のパートナーの蕭万長の手配で『養鶏大王』で
ある李登輝之友会全国総会長黄崑虎と面会した。馬の側近の話によると、馬とグリーン
陣営の黄は親しげで、黄に馬の選挙応援を即座に約束させられなかったが、少なくとも
黄に二度と対抗相手に支持や寄付をしないという約束は取り付けることができたと言っ
ている」

 黄会長はこれを読んでびっくりし、自由時報に投稿して「馬と会っていない」と主張
し、馬に対して「本当の話をしろ」と要求しました。ところが馬は「彼が会っていない
というなら会っていないのだろう。しかし機会があれば黄ととても会ってみたい」と言
っているというのです。

 グリーン陣営を分裂させようという魂胆なのです。

 そう言えば馬英九は昨年日本に来た時、「安倍首相と会見した。安倍首相は李登輝批
判をした」というデマを流しました。それでさんざん批判されたのに、何度も同じ手口
を使うのですね。

 黄会長は声明を出し、「これは馬陣営である国民党による人格侮辱、ネガティブキャ
ンペーンだ」、「台湾人は目覚めろ、そして台湾主体の立場を堅持しろ。台湾人は今回
の例を見て、二度と騙されないようにしよう」と訴えています。

 黄会長は「壹週刊」に、本人のインタビューを同じスペースで掲載しろと要求してい
ますが、この悪質雑誌はどう答えるのでしょうか。

 台日共栄のために暑いなかでも頑張っている皆さ〜ん、私たちの敬愛する黄会長が「
転向」したという噂を聞きましたら、それは中国国民党が流したデマですので、心配し
ないで下さい。黄会長が「私は台湾本土政権を支持する理念は絶対変わりません」と明
言しています。

 中国国民党は、でっち上げとネガティブでしかなす術を知らない人達の集まりなので、
台湾人はいい加減に騙されるのを止めましょう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2>> 中華航空は猛反省し世界指折りの安全な航空会社を [千葉県支部 金光 俊典]

中華航空・那覇空港で炎上
【8月21日 千葉県支部ブログ「千葉発日台共栄」】

http://blogs.yahoo.co.jp/chibanittai/17918178.html

 昨日(8月20日)午前10時40分頃、那覇空港に着陸したばかりの中華航空機が炎上した。
けが人はいたもようだが、幸い死者は出なかったのが不幸中の幸いであろう。

 原因についてはこれから国土交通省や事故調査委員会が検証し、機体に問題があるの
か、ヒューマンエラーなのか等の判断が下されるであろう。

 小生は台湾に行く時はJALのマイルカードを持っている関係からJAA(JALの関係会社)を
使用する事が多いが、格安ツアー催行の場合はどうしても融通がきき、格安航空券が多
く出ている中華航空使用となる。

 また、広島や札幌などは中華航空しか就航していないし、北陸の各都市からの台湾チ
ャーター便は中華航空である。

 しかし、サービスとは裏腹に事故率が高い。

 1994年の名古屋空港での炎上は非常に大きな衝撃であったが、98年には台北空港近く
で墜落事故、その5年前の1989年には山に突っ込む事故、2002年には台湾海峡で墜落する
事故や香港での転覆、そして2007年に那覇空港での事故と、ほぼ4年に1度大事故が起こ
っているから「オリンピック航空」なんて皮肉も出る始末。

 アジア系の航空会社は事故率が高いというが、同じ台湾系のエバー航空はトラブルの
話は殆ど聞かない。

 中華航空は退役軍人がパイロットをやるから事故率が高いという話もあるが、元軍人
がパイロットをやるのは別に中華航空だけではない。企業体質にも問題があるのかも知
れない。

 JALが1985年の御巣鷹山への墜落事故以来22年間、一応人身事故は起こっていないし、
ANAは30年以上無事故である。上には上が居てドイツのルフトハンザは墜落事故は過去80
年で1度だけ、オーストラリアのカンタス航空は90年近く無事故である。

 ここまではさすがに……ではなく、このレベルを台湾の航空会社も目指してほしい。

 日台共栄、日台交流ではどうしても航空機の果たす役割は大きい。

 それなのに、台湾のナショナルフラッグが「要人が海外に行く時は乗らない」何て言
われているようでは心もとない。(ちなみに今年5月来日された李登輝氏は中華航空に乗
っていた)

 特に地方在住の方は「中華航空しか就航していないが、その中華航空は怖いから台湾
には行きたくない」と言う気持ちを抱きかねない。

 中華航空は猛反省の上、再発防止を徹底し、これを機に世界指折りの安全な航空会社
を目指してほしい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
3>>【読者の声】台湾の地質研究者(9) 林朝ケイ [地質学研究者 長田 敏明]

 地質学研究者の長田敏明氏からの第9弾として、台湾にも「旧石器文化」のあったこと
を証明した「林朝★」(りん ちょうけい)について投稿していただきましたのでご紹
介します。★ケイは啓の口のところが木なのですが、啓の字で代替することをお断わり
します。                              (編集部)
------------------------------------------------------------------------------
戦前の台湾の地質学研究史−地質研究者伝(9) 林朝ケイ(1909-1985)

                           地質学研究者 長田 敏明

 林朝啓については、国立台湾大学編『地質科学系史』(既教師著作目録)の第5章の第
6項(42頁〜50頁)や、尾崎博(1985)の地質学雑誌に掲載された紙碑によって述べられ
ている。これらに基づいて以下に記載する。

 林朝啓は1909(明治44)年、台湾の豊原に5男1女の第4子として生まれた。1931(昭和
6)年、創立間もない台北帝国大学地質学科に入学し、1934年に卒業した。

 台北帝国大学では、早坂一郎の門下生となり厳しい指導を受けた。林の卒業論文は、
「Stratigraphical Studies on the Younger Tertiary and Pleistocene Formations of
 Toyohara District,Taityu Prefecture,Taiwan(Formosa).」であり、卒業後すぐに
母校である台北帝国大学の助教授となった。

 林のこの卒業論文は、台北帝国大学理農学部紀要(13巻3号、地質学10号、14−30頁)
に掲載されている。また、「社会民衆のためには、地球科学の普及と地下資源の開発が
伴わなければならない」という信念のもと、瑞金金山や中央山脈の探査に従事した(尾
崎:1985)。

 戦中に北京在住し、困難な状況にあったドイツ人古生物学者のGrabauの待遇改善に遠
藤隆次とともに奔走したことなどは、林の人柄を物語るものである。

 敗戦の混乱で、日本人が調査した鉱床等の調査資料が焼却されそうになったときも、
関係当局に働きかけて、誠意をもってこれを阻止させた。

 林が生涯に書いた論文・報告書は、主要なもので約150編である。尾崎(1985)によれ
ば、林の門下生である劉平妹(現台湾大学地質科学系教授)が林の研究態度について述
べており、それによれば「林朝啓の日常の生活は、儘心儘力、学不厭、教不倦であった」
という。

 早坂は、林をGrabauに紹介したが、林は数回Grabauに会見している。当時の時勢が外
国人に対して手紙を出すことが憚られたころであるので、早坂は林に手紙を託している。
この手紙の写しが国立台湾大学に残っている。

 また、林は山西省鉱務局に入局することになっていた。しかし、1937年に支那事変が
始まったため、中国東北部(旧満州)の新京工業大学教授となり、1939年には、国立北京
大学及び北京師範大学の地学系の教授をつとめている。

 日本の敗戦に伴い帰台し、1946年には、馬廷英とともに国立台湾大学理学院地質系教
授となり、早坂をはじめとする日本人学者の作り上げた教室を引き継いだ。その際に、
日本人学者を決しておろそかにせず、その身辺の安全に対しても配慮し、これらの学者
の研究を継続できるように願った。

 国立台湾大学で林が担当したのは、地形学をはじめとして新生代地質学、地史学、軟
体動物化石学などであった。1952年には中華民國建設局専任委員及び鉱務科長を兼務し、
石炭業発展のために尽力した。

 林朝啓は、丹桂之助と野外調査した結果を基にして、1957年に『台湾地形』を著し、
1963年には、これを基礎として『台湾の第四紀』を完成させた。この本は、台湾の第四
紀地質学の基礎となり、第四紀学とそれに関連する分野の多くの貢献をしている。

 さらに、1968年に長濱八仙洞の発掘調査を行い、台湾にも「旧石器文化」のあったこ
とを証明した。また、1973年には『地球科学大事典』の編集に携わった。

 1977年、台湾大学を定年で退官しているが、台湾大学には32年の長きに亘って勤務し、
最後の10年間は、南部横断道路調査の折りに発見した始新世貝化石を運搬する際に痛め
た腰椎をかばいつつ研究に従事し、この間に33編の論文を書いている。1985年7月4日に
逝去した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●メルマガのお申し込み・バックナンバーはホームページから
 http://www.ritouki.jp/
●投稿はこちらに
 ritouki-japan@jeans.ocn.ne.jp
------------------------------------------------------------------------------
日本の「生命線」台湾との交流活動や他では知りえない台湾情報を、日本李登輝友の会
の活動情報とともに配信するメールマガジン。
●マガジン名:メルマガ「日台共栄」
●発   行:日本李登輝友の会(小田村四郎会長)
●編集発行人:柚原正敬
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Copyright(C) 2007 Friends of Lee Teng-Hui Association in Japan

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2003-10-06  
最終発行日:  
発行周期:週3回以上刊  
Score!: 99 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。