国際情勢

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日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第587号】 9月1日(土)、埼玉李登輝友の会が年次総会、記念講演は田久保忠衛先生

2007/08/11



>>>>> http://www.ritouki.jp/――――――――――――【平成19年(2007年) 8月11日】

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       新しい日台交流にあなたの力を!!
<<INDEX>>―――――――――――――――――――――――――――――[Vol.587]
1>> 9月1日(土)、埼玉李登輝友の会が年次総会、記念講演は田久保忠衛先生
2>> 薛格芳さんへのインタビュー記事が「日本の息吹」8月号に掲載
3>>【読者の声】台湾の地質研究者(7) 富田芳郎 [地質学研究者 長田 敏明]
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1>> 9月1日(土)、埼玉李登輝友の会が年次総会、記念講演は田久保忠衛先生
   演題は「台湾の総統選挙の行方」

日本李登輝友の会埼玉県支部会員各位

                日本李登輝友の会埼玉県支部 支部長 中田一郎

      日本李登輝友の会埼玉県支部年次総会の開催について(ご案内)

暑中お見舞い申し上げます。

 皆様には、益々ご健勝のこととお慶び申し上げるとともに、平素は本会の活動にご理
解と、ご協力を戴き感謝申し上げます。

 さて、本年五月に李登輝前総統の来日は、大変意義深いものでありました。また、台
湾においては、来年三月に総統選挙が行われます。ご承知のこととは存じますが、この
選挙の結果次第では、我が国と台湾を台む極東アジアの、安定と平和に大きな影響が生
じるものと思われます。

 つきましては、日本李登輝友の会埼玉県支部年次総会を、下記の日程で開催します。
記念講演と致しましては、国際情勢に詳しい外交評論家の、田久保忠衛先生(杏林大学
客員教授・日本李登輝友の会副会長)に講師をお願いし「台湾の総統選挙の行方」と題
し、講演会も企画致しております。

 また、記念講演終了後には懇親会も予定しておりますので、懇親と意見交換の場とし
て戴ければ幸甚でございます。

 ご多用のところ恐縮ではございますが、万障繰り合わせの上、ご臨席賜りたくご案内
申し上げます。                             敬具

                     記

1、日 時 平成19年9月1日(土) 13時30分〜(13時より受付)

2、場 所 埼玉県労働会館(JR北浦和駅下車徒歩5分)
      電話:048−832−2151

3、内 容 (1) 18年度活動報告並びに会計報告
      (2) 19年度活動計画並びに予算
      (3) 記念講演(田久保忠衛先生)
      (4) 懇親会
4、会 費 3,000円(当日徴収)

5、連絡先 埼玉李登輝友の会事務局
      埼玉県さいたま市浦和区高砂4-4-1-605
      電話:048-866-5677
                                     以上
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2>> 薛格芳さんへのインタビュー記事が「日本の息吹」8月号に掲載
   李登輝前総統来日の意義と今後の日台関係について

 日本会議(三好達会長)が発行する機関誌、月刊「日本の息吹」8月号に、本会理事で
青年部長の薛格芳さん(明星大学大学院博士課程在籍)へのインタビューが掲載されてい
ます。月刊「日本の息吹」編集部から掲載許可をいただきましたので、ここにご紹介しま
す。

 李登輝前総統の来日の際、全行程に通訳として同行した者でなければ伝えられないエ
ピソードなども紹介しています。

 月刊「日本の息吹」は日本会議の機関誌ですので、購読は会員(支援会員以上)の方
に限られます。入会のご案内は日本会議ホームページに掲載されています。

 なお、先にご案内のように、薛格芳さんは8月15日午前10時30分から靖国神社の境内で
行われる「第21回戦歿者追悼中央国民集会い」に登壇します。

 当日は、堀江正夫氏(英霊にこたえる会会長)、三好達氏(日本会議会長)、古屋圭
司氏(衆議院議員・価値観外交を推進する議員の会会長)、東中野修道氏(亜細亜大学教
授)も登壇します。8月15日は靖国神社で会いしましょう。         (編集部)

■日本会議ホームページ
 http://www.nipponkaigi.org/
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日本の皆さん、
李登輝先生のメッセージを聞いてください

台湾人留学生 薛 格芳さん

 李登輝前総統の「奥の細道」の旅に随行した、台湾人の留学生で日本李登輝友の会・
青年部の薛格芳(セツ カクホウ)さんにお話を伺った。(※薛さんは八月十五日、!)
國神社参道での戦歿者中央国民集会に登壇予定)

■李登輝前総統のメッセージ

─ 李登輝前総統に随行しての感想は

薛◆李登輝先生は、観光だけで日本に来たわけではないと思います。そのことを、日本
  の皆さんに知って頂かないと勿体ない!
  「奥の細道」の旅に随行して強く感じたのは、李登輝先生の日本人を励ましたいと
  いう強い気持ち。

  実際、李先生は講演やマスコミへのコメントで、日本の優れた精神性、情緒などに
  触れて、自国のことを知らない多くの若い日本人に伝えたいお気持ちが溢れていま
  した。更に、外国人にまでその素晴らしさを紹介したいというお気持ちだったので
  しょう。国際教養大学の講演では、学生たちに日本の素晴らしさ、独特な文化につ
  いて熱心にお話していました。

─ 訪日中、三回の講演をされました

薛◆李登輝先生のお言葉から、日本人に対する強いメッセージが聞こえてきます。それ
  は日本文化への深い思い、日本への強い期待です。

  李先生はこう言われました。「日本人は押し寄せる外来文化に呑み込まれず、独自
  の伝統を立派に作りあげただけでなく、それらの良い部分を巧みに取り入れ、自分
  の文化として作りかえた。世界でも希有な才能に恵まれた日本人が、易々と日本精
  神という貴重な遺産・伝統を捨て去るはずはない。日本文化とは、高い精神と美を
  尊び、美学的な考えを生活に織り込むこと。精神と生活の混合体こそが日本文化そ
  のものである」と。
  
  李先生は、若者にもエールを送っています。「昔は自分さえ良ければ良いという人
  も多かったが、今はこの国を守りたいという思いを持つ若者も増えている」と。
  
  現代においても戦前の日本人が持っていたまじめさやきめ細やかさが生きていて、
  日本の社会が秩序良く運行していることに大変感心をされましたし、例えば、高速
  道路を走ってもチリ一つない。ここまで出来る国は国際的に見て、日本しかないと
  言われているんです。

■台湾人は!)國神社に感謝しています

─ 念願の!)國神社に参拝されました

薛◆李先生は!)國神社では一遺族として神職の皆さんに「ありがとうございました」と
  お礼を申し上げていました。感動的でした。「参拝できて本当に良かった」と声を
  つまらせていました。六十二年ぶりのお兄さんとの再会でしたから……。

  私から見て、李登輝先生の!)國神社参拝は、日本を中国、韓国の束縛から解き放っ
  てくれたと思います。これまでは!)國神社のことで、中国や韓国の反応に日本の政
  治家は過剰反応してきました。

  !)國神社で祀ってくれなかったらどこで祀って貰えますか。台湾では、祀ってもら
  えませんから、有難いことだという台湾人も多いんです。若い人もそう言います。
  海外でしかも、春と秋にお祀りして貰える。有難いことじゃないですか。
  
  李先生は、外国人記者クラブの会見で「!)國神社問題とは、中国大陸や韓国が自国
  内の問題を処理出来ないが故に作り上げられたのが事実だと思う。それに対して日
  本の政治はあまりにも弱かった。自国の戦歿者の慰霊について外国政府から批判さ
  れる理由は全くない。祖国のために戦った若い命をお祀りするのは当たり前のこと」
  と言われました。
  
  台湾の多くの若者も、このような感覚を持っています。しっかりした日本を期待し
  ています。李先生が参拝されたことで、日本の方も参拝しやすくならないでしょう
  か?

■秋田の旅館女将も李先生に感動

─ 「旅」では、多くの人々と交流を深められたそうですね

薛◆世界中の国家元首で、これほど日本を知り、日本のことを思い、日本語も堪能な方
  は他にはいないでしょう。李先生は、出来るだけ、多くの人と交流したいので、ス
  ケジュールは、三、四十歳代の人でも大変だと思うようなハードなものでした。八
  十四歳の李先生はもっと疲れたと思います。でも先生は「みんなが待っている。が
  っかりさせてはいけない」と、本当に元気に回られていました。李先生は周りの方
  々に大変心を配られます。東北で宿泊した旅館の女将さんは李先生の姿に感動して、
  もう一度お会いしたいと東京の講演会にわざわざ飛行機で秋田から来られました。

  李先生は、教養が高いのにとても謙虚です。昔の日本人の姿だと、私は凄く感動し
  ました。

─ 薛さんはもともと親日的でした?

薛◆もともと日本に特別興味を持っていたわけではなかったんです。日本に留学するチ
  ャンスがあって、留学して日本で生活するうちに変わったんです。

  私たちは台湾では中華民国人として教育されています。日本に来て初めて大陸から
  来ている中国人と出会いましたが、その時初めて、これが中国人なのか、私たちと
  は違うと思いました。
  
  中国人は自我が強すぎるんです。日本人は相手のためにすれば、相手も同じように
  応えてくれると思っています。しかし中国人はそうでない人も多いです。李先生も、
  「日本人は中国を日本的に考えるからいけない」とおっしゃっていました。留学生
  を見ていても分かります。中国の留学生は、日本には日本のルールがあるのに、何
  度も先生から注意を受けたりすると、最後には「先生そんなこと言わないで下さい。
  あなたの祖先は、私の祖先をいっぱい殺したじゃないか?」と言うんです。生徒の
  ためを思って注意してあげているのに、なぜそのような言葉が返ってくるのかな。
  
  台湾人と日本人には、「相手を思いやって行動する」という気持ちがあるんです。
  だから両国人は言葉が通じなくても仲良くやっているケースはよく見ます。

■数年前と変わった日本の態度

─ 最後に、今後の日台について

薛◆旅で大変感動したことがあります。台湾や李登輝さんを通じて自分の人生観が変わ
  ったという若い女性に出会いました。なぜそこまで日本を思ってくれるのかと、勉
  強したそうです。李登輝先生が来られると知り、駆けつけて、「同時代に生きてい
  て本当に幸せ。自分にできることを精一杯やりたい」と言っていました。

  台湾では、今、李登輝先生の旅の影響で旅行会社が大変です。「奥の細道はどうや
  って行くのか」という問い合わせが殺到しているんです。台湾の"李登輝学校"の卒
  業生たちも、「私たちも奥の細道へ行こう」と言っています。今企画中ですが、そ
  の前にもっと勉強しないといけませんね。李登輝先生が、各地で芭蕉の俳句を皆に
  紹介したように……。
  
  今回の訪日は成功でした。李先生も「台日関係はこれから、もっと密接になる」と
  言われ、訪日中も「日本と台湾は運命共同体。台湾がやられれば、日本がやられる。
  それなのに日台間は国交がなく、日本は台湾に対して赤の他人のような顔をしてい
  る。政治的には関係がなくとも、うまく付き合っていかなくちゃならん」と話され
  ました。
  
  今まで台湾人にとっての対日感情は“片思い”でした。しかし今回、色々な所で台
  湾を応援して、李登輝先生を歓迎してくれる日本の皆さんがいました。その姿を見
  て、私たちも頑張れると思いました。
  
  日本の政府も、「今回の訪日は観光、学術文化交流だ。我が国の台湾に対する立場
  は日中共同声明にある通りで、何らの影響も受けることはない」とはっきり言いま
  した。安倍総理も!)國神社参拝について「李氏は私人として来日した。私人として
  信仰の自由がある。本人の判断ですること」と明言した。数年前の日本とは明らか
  に違う。
  
  台湾は日本にとって凄く大事な国。もっと多くの日本人に台湾の重要性を知って貰
  いたいです。
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3>>【読者の声】台湾の地質研究者(7) 富田芳郎 [地質学研究者 長田 敏明]

 地質学研究者の長田敏明氏からの第7弾として、台北帝大ゆかりの学者で、『台湾地形
発達史の研究』を著した「富田芳郎」について投稿していただきましたのでご紹介しま
す。                                 (編集部)
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戦前の台湾の地質学研究史−地質研究者伝(7) 富田芳郎(1895-1973)

                            地質学研究者 長田 敏明

 富田芳郎(とみた よしろう)については、その地形学研究の集大成である1972年刊
『台湾地形発達史の研究』(古今書院、370頁)の序文(1-10)に自らの略歴と生い立ち、
エピソードなどを記している。以下これを中心に述べることとする。

 富田芳郎は明治28(1895)年、北海道札幌市に生まれ、大正4(1915)年、東京高等師
範学校理科3部に入学して地理学と博物学を専攻した。東京高等師範では地形学を山崎直
方・辻村太郎に、地質学を大関久五郎に、人文地理学を内田寛一に学んだ。

 富田は、大正7(1918)年に佐藤伝蔵の指導により山東半島で巡検を行っている。同
年に東京高師を卒業、東京女子高等師範学校付属小学校に3年間勤めた後、大正10(1921)
年に東北帝国大学理学部地質学科に入学している。富田の卒業研究は「新潟油田の地質
構造と油砂の研究」であった。

 大正13(1924)年に東北帝国大学を卒業するが、前年に設立された東北帝国大学法文
学部で、地球物理学専攻の田中舘秀三の助手を務めていた。博識であった田中舘は、地
質学・海洋学・湖沼学から地理学まで広汎な学問分野をカバーしていた。富田は、当時
の東北帝国大学の佐藤丑次郎法文学部長から「経済地理学の研究に従事するべし」とい
う辞令の伝達を得た(富田:1972)。

 富田は大正15(1925)年には、東北帝国大学から同級の遠藤誠道の後任として奈良女
子高等師範学校に転出する。昭和4(1929)年には、日本地理学会が奈良女子高等師範学
校で開催されているが、この時、富田は山崎直方と地形について歓談した。このときの
奈良女子高等師範学校の校長は、有名な古生物学者の槇山次郎の父親である教育学者の
槇山英次であった。

 昭和6(1931)年、奈良女子高等師範学校から台北帝国大学に転任する。富田は、敗戦
後まで継続していた研究の成果をまとめ、台北帝国大学に「台湾の地形発達史」と題し
て学位論文を提出した。この論文の主査は、「台湾地質学の父」と呼ばれる早坂一郎で
あった。

 富田が台北帝国大学に勤めていた頃は、国土地理院の地形図の使用については軍事機
密で、厳しい規制があった。1936年から1938年にかけて早坂一郎の提唱で日本学術振興
会から研究費を得て「台湾の地質構造の研究」というテーマで総合研究が行われ、富田
は「地形による地体構造の調査」を分担した。これが富田の学位論文の基礎になったも
のである。

 富田は昭和22(1947)年12月に台湾をあとにし、翌年、母校である東北大学理学部地
理学教室へ奉職する。その後、日本大学文理学部地理学教室の教授となり、また、日本
地理学会の会長をつとめ、同学会の名誉会員となった。さらに、昭和41(1966)年から
は国士舘大学文学部地理学教室へと赴任し、後進の指導にあたった。
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