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メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第582号】 本日の台湾研究フォーラム100回記念の納涼会にご参加下さい [薛 格芳]

2007/08/05



>>>>> http://www.ritouki.jp/――――――――――――【平成19年(2007年) 8月5日】

    ☆★☆★ 日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」 ☆★☆★
        新しい日台交流にあなたの力を!!
<<INDEX>>―――――――――――――――――――――――――――――[Vol.582]
1>> 本日の台湾研究フォーラム100回記念の納涼会にご参加下さい [薛 格芳]
2>> 陳菊・高雄市長来SOGO八王子店 [古市 利雄]
3>>【読者の声】台湾の地質研究者(6) 早坂一郎 [地質学研究者 長田 敏明]
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1>> 本日の台湾研究フォーラム100回記念の納涼会にご参加下さい [薛 格芳]

【8月2日 メールマガジン「台湾の声」】

100回記念の納涼会にご参加下さい−暑い夏こそアツク語りあいましょう!!

             台湾研究フォーラム事務局次長 薛 格芳(せつ かくほう)

 参議院選挙が終わってから、台湾の蔡焜燦さんから、「日本のことわざにあるように
『負けこそ勝ち』」という激励のメッセージをいただきました。

 そうなんです、逆境だからこそ頑張るぞ!! 皆が続投に期待を込めて頑張っているぞ!!

 日本、だけでなく、日本の生命線である台湾も黙ってはいられません。台湾の若者か
らもエールを預かってます!「晋ちゃん! 負けたらあかんで〜」「気を落とさずに頑張
りましょうね〜」と。なぜか関西弁ぽっいものも……?!?

 台湾研究フォーラムの記念すべき第100回定例会では、ずっと台湾の応援をしてきた武
士精神を持つ宗像隆幸先生のお話を頂くことになり、その後、納涼しながら、台日両国
お互いの幸せのビジョンにつき、励ましあい、勇気づけあい、前向きに頑張れるように、
恋人同士でも時々、お互いの愛を確かめあうように、日本の生命線である台湾と一緒に
語り合いましょう!

 もちろん、世界に誇る台湾ビール、台湾の代表的なおつまみのご用意もシテイマスよ
〜。皆さんのご参加をお待ちしております!
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台湾研究フォーラム(台湾研究論壇)第100回定例会

講師 宗像隆幸(アジア安保フォーラム幹事・元「台湾青年」編集長)

演題 台湾問題の根幹とは

台湾の国連加盟申請が潘基文・国連事務総長によって却下された。理由はかの1971年に
おける第2758号決議。だがこの決議は、実は台湾を中国の一部などと認めるものではな
かったのだ。台湾は法的に中国のものでは断じてない。これを理解しなければ、台湾問
題は何も語れない。このような根幹の問題を、元「台湾青年」編集長が判りやすく解説
する。
なお講演後は同会場で、定例会100回記念の納涼会も行う。
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(むなかた・たかゆき)昭和11年、鹿児島県生まれ。明治大学経営学部卒業後の昭和36
年、台湾青年社(台湾独立建国聯盟の前身)に参加、機関誌「台湾青年」の編集長など
を務める。著書に『ロシア革命の神話』『新しい台湾』『台湾独立運動私記』など多数
あり、その台独理論は、台湾では独立運動、正名運動の指針ともなっている。日本李登
輝友の会理事。
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【日 時】8月5日(日)  午後5時45分〜7時10分 講演会  
               7時15分〜8時30分 納涼会

【場 所】 文京区民センター2Fホール(TEL:03‐3814‐6731)
      ※文京シビックではありません。その斜向かいの交差点前。
      JR「水道橋駅」徒歩10分
      都営三田線・大江戸線「春日駅」徒歩1分
      東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園駅」徒歩4分

【講演会参加費】 会員500円 一般1000円

【納涼会参加費】 会費3000円、学生1000円
         台湾ビールや台湾のおつまみも用意しています!

【問合せ】 090−4138−6397

【申込み】taiwan_kenkyu_forum@yahoo.co.jp
     お名前と懇親会参加の有無を

■会員募集中 年会費2000円。台湾建国、日台共栄のため立ち上がろう!
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2>> 陳菊・高雄市長来SOGO八王子店 [古市 利雄]

【8月4日 メールマガジン「台湾の声」】

【レポート】陳菊・高雄市長来SOGO八王子店

                    台湾研究フォーラム事務局長 古市 利雄

 明日8月5日までだが、SOGO八王子店で台湾の美しい景色から何気ない台湾人の生
活風景まで、台湾全土のさまざまな魅力を紹介した「台湾写真展2007」が催されている。 

 それにあわせて台湾第の陳菊・高雄市長が、八王子市との交流協定締結記念事業の一
環として来日し、今日(4日)SOGO八王子店で記念式典が行われ、黒須隆一・八王子
市長をはじめ、許世楷・台北経済文化代表処代表(駐日台湾大使に相当)、萩生田光一・
衆議院議員、八王子市議会議員らが出席した。

 式典会場は多くの八王子市民や在日台湾人、台湾を支持する日本人がかけつけた。私
もその一人。先月、葉菊蘭・前高雄市長を見たばかりなのに、今度は現市長を見るのも
不思議なもの。

 陳菊氏は、1979年、雑誌『美麗島』による民主化を求めるデモが国民党政府により大
弾圧を受けた「美麗島事件」で、反乱罪により逮捕、投獄された。台湾民主化運動の女
性闘士である。政権交代後は行政院労工(労働)委員会主任委員を務め、2006年12月、高
雄市長に当選した。

 葉菊蘭氏は、台湾建国烈士と謳われた鄭南榕の夫人で、葉氏自身も台湾民主化運動に
参加している。

 二人とも与党・民進党の政治家で、女性であるなどの共通点もあるが、受ける印象は
かなり異なる。

 葉菊蘭氏はキャリアウーマンといった感じの、インテリジェンスを感じさせる、スマ
ートな印象である(頭脳ということだけでなく体型も)。 

 対する陳菊氏は、愛嬌のある台湾の歐巴桑(おばさん)といった感じで、正直なとこ
ろスマートな印象ではない(同上) 。

 また葉菊蘭氏は苗栗生まれの客家人で、陳菊氏は宜蘭生まれのホーロー人と、お互い
民族は異なるのだが、その民族の空気が強く香る地域で生まれている点が共通している
のは興味深い。

 高雄市は前市長、現市長さらに、謝長廷元市長まで、この数ヶ月で来日している。し
かし台北市とはいうと、カク龍斌現市長、馬英九前台北市長が、ここ最近来日したとい
うの寡聞にして聞かない。馬英九氏が来日したのは去年の7月だったろうか。

 まあ、単なるスケジュールの関係だとは思うが、台北にはもう少し日本人観光客誘致
のためには努力してほしいものだ。

 確かに個人的意見としては南台湾のほうがおもしろく、外国人観光客が台北に一極集
中している現状はおかしいと思うが、なんだかんだで台湾の首都であり、アジアを代表
する大都市である。

 台北、高雄、互いに切磋琢磨して、中国、韓国から観光客を奪い取るぐらいの心意気
で、台湾を日本人が一番行きたい観光国にしてほしいものだ。

 明日の午前は台湾写真展へ、午後は台湾研究フォーラムへ、どうぞ。美味しい台湾ビ
ールもあるので。
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3>>【読者の声】台湾の地質研究者(6) 早坂一郎 [地質学研究者 長田 敏明]

 地質学研究者の長田敏明氏からの第6弾として、台湾地質学の父とも言える「早坂一
郎」について投稿していただきましたのでご紹介します。長田氏によりますと「しばら
くの間、台北帝国大学の地学研究者をあげていきたい」とのこと。文系の人間にとって
はほとんど未知の世界ですので楽しみです。              (編集部)
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戦前の台湾の地質学研究史−地質研究者伝(6) 早坂一郎(1891-1978)

                           地質学研究者 長田 敏明

 早坂一郎の業績や生涯などの詳細については,長田(2004MS及び2004)を参照された
い。ここでは概略のみを記す。

 早坂一郎は、明治24(1891)年12月6日、仙台市東三番丁で早坂哲郎・柳子夫妻の5男3女
の長男として生まれた。父の早坂哲郎は、宮城高等女学校(現在の宮城学院女子大学)
の数学の教員であった。

 早坂は、東北学院普通部、旧制第二高等学校二部(理科)を経て、明治44(1911)年、
東北帝国大学理学部地質学古生物学教室の第1期生として優秀な成績で卒業した。そのま
ま同大学院に進学し、2年半後、大学院を中退して同大学の教授補助となる。その後、新
潟県西頸城郡の青海石灰岩の研究を行い理学博士の学位を得た。指導教授は矢部長克で、
当時の日本では知られていなかった下部石炭系の存在を腕足類化石を用いて明らかにし
たもので、この点が特に評価された。

 大正9(1920)年、東北帝国大学の助教授に就任し、大正15(1925)年に、台湾総督府
から在外研究と海外の大学事情の視察をかね欧米に出張する。

 昭和3(1928)年4月の帰朝とともに、台北帝国大学理農学部に教授として迎えられる。
台北帝国大学では地質学教室を主宰し、林朝啓、顔滄波、黄敦友、王源などの多くの台
湾人の地質学者を養成し、今日の台湾地質学の基礎を作った。

 昭和16(1941)年に理学部と農学部がそれぞれ独立すると、初代の理学部長となる。
また早坂は、日本人であると否とにかかわらず平等に扱い、分け隔てなく教育にあたっ
た。早坂は、日本だけでなく多くの外国人の学者とも知己があり、特に専門の関係から
中国在住の学者と知己があった。

 早坂は、ドイツ系アメリカ人古生物学者のグラボー(Grabau)宛に昭和17(1942)年10
月3日付けで手紙を送っている。地質学史上重要な資料であるので、以下にこの手紙を原
文のまま掲載する。なお、この手紙の入手にあたっては、国立台湾大学地質科学系地質
標本館の陳利陵女史にお世話になったことをここに明記する。

                                 Oct.3,1942
Dear Dr.Grabau,

 Since my last visit to Peking four months have passed,and I feel very sorry
 that I have not written to you until now.It is rather awkward for us now to
 write to foreign friends.

 But fortunately a friend of mine is leaving for Peking in a few days, and I
 asked him to carry this letter and a few short papers to Mr. Lin,my former
 student whom I accompanied to your home in summer,and whom I asked to convey
 these things to you as soon as they reach him.I hope they will be received by
 you safely.
 I am very glad that I could see you in summer,more than twenty years since 
we first made acquaintance.Your activity during these years have always been 
an encouragement to me,though,on my part,owing to certain unfavorable
 conditions,not much has been done.
 It is my great pleasure to recollect my visit to your home this summer where
 you   so kindly had a tea party for me.I hope I could see you again in the near
 future; these are a few Chinese colleagues too whom I shall be pleased to meet
 again. But,this journey is by no means a pleasant things nowadays.
 Sometimes ago I sent to Mr. Lin the list of your works that are in my private 
 library which I expect has been handed over to you.
 There are only a fraction of the great total of your works.I shall be very 
much obliged to you if you would kindly fill the list,if partially.Mr. Lin 
will manage to send them over to me.
 It is getting colder in Peking,
 I am afraid.You will take good care of yourself though the winter, I hope. 
My best wishes to you secretary,whose name,I am sorry,I have not remember.

                             Very sincerely yours,
                                Ichiro Hyasaka

 上記の手紙の内容を要約すると次のようである。

 早坂は「今、外国人に手紙を送ることは、時勢上、はなはだ困難であるので、ちょう
ど中国に行くことになっている林朝啓君にこの手紙を託す」としている。また、「私(
早坂)のところにはあなた(グラボー)に関する文献がいくつかあるが、その文献集を
完全にするために、あなた(グラボー)に私が林君に託したリストに載っている文献を
送ってもらえないですか」ということを依頼した手紙である。

 早坂がグラボーと面識があり、しかも相互に訪問しあっていたことが伺える手紙であ
る。

 台北帝国大学は、日本の敗戦に伴い、本部は昭和21(1946)年12月に引き上げを完了
した。しかし、早坂はその後も留用されて台湾にとどまり、さらに閑却された台湾の人
々の教育にあたった。

 昭和24(1949)年8月留用を解かれ帰国し、石灰藻化石の専門家である市川渡の要請で
金沢大学教授となり、昭和25年からは、第四紀および珊瑚化石の専門家であった湊正雄
の要請で北海道大学教授を兼務した(柴田松太郎氏私信)。

 昭和30(1955)年には双方の教授を定年退官して東洋大学教授となり、昭和33(1958)
年には島根大学の総長兼教授として学生の指導にあたった。昭和37(1962)年には帰京
し、日本女子体育大学や玉川大学などの教授を歴任している。昭和53(1978)年8月18日
に急性心不全で死去した。
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創刊日:2003-10-06  
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