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【メルマガ日台共栄:第545号】 李登輝前総統から日本について学ぶこと[産経抄]

2007/06/17



>>>>> http://www.ritouki.jp/――――――――――――【平成19年(2007年) 6月17日】

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<<INDEX>>―――――――――――――――――――――――――――――[Vol.545]
1>> 李登輝前総統から日本について学ぶこと[産経抄]
2>>【特報 追う】李登輝前総統 みちのくの旅−真心でもてなす「古きよき日本」 
3>> 7月26日(木)、名越二荒之助先生を偲ぶ会を開催
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1>> 李登輝前総統から日本について学ぶこと[産経抄]
   本日から「話の肖像画」に盧千恵・大使夫人が登場

 昨日で、産経新聞の長谷川周人・台北支局長による「私の奥の細道 李登輝」の連載
が終了した。昨日は、1面のコラム「産経抄」でも、李登輝前総統の「奥の細道」紀行
を取り上げていた。産経抄子は「前台湾総統から日本について学ぶことは多い」と一文
を締めくくっているが、同感である。ご紹介したい。

 なお、「産経抄」にはタイトルがない。上記のタイトルは編集部で付したタイトルで
ある。李登輝前総統に関する連載が終わったと思ったら、今日からは2面で連載してい
る「話の肖像画」に許世楷・台北駐日経済文化代表処代表夫人で児童文学者の盧千恵
(ロー・チェンフィ)さんが登場した。「セピア色に光るふたつの故郷」という、いか
にも千恵夫人好みのタイトルだ。

 日本に留学して以来の半生をつづった『私のなかのよき日本』(草思社)を題材に、
初来日以来の日本について、あるいは台湾についてのインタビューである。

 千恵夫人は、6月8日に開かれた李登輝前総統の答礼宴に許世楷大使とともに出席され
ていた。恐らく今回の李登輝前総統の旅にも触れることだろう。千恵夫人がどのように
この旅をご覧になっていたか、楽しみである。             (編集部)
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【6月17日 産経新聞「産経抄」】
 
 台湾の李登輝前総統の奥の細道旅行は、ご本人にはいささか不満なものだったようだ。
距離は760キロをこえたが、ほとんどは新幹線や高速道路だった。「芭蕉の苦労がわか
らない」とぼやき、「次はぽつぽつと歩いてみたい」と語っていたという。

 ▼この時代にぽつぽつ歩くのは至難だろうが、その意欲はすごい。岩手県平泉町の中
尊寺を訪ねたときには「(奥州藤原氏が)なぜここに都を置いたか、今も解せない」と
首をかしげたそうだ。どうやら関心は芭蕉だけでなく、東北の「地政学」にもあったよ
うだ。

 ▼その李登輝さんの旅に合わせるように、坂上田村麻呂の墓が見つかったというニュ
ースがあった。見つかったというより、すでに発掘されていた京都の古墓がそうである
と、文献などで確認されたのだ。言うまでもなく、平安初期、東北の蝦夷(えみし)を
「平定」した武将である。

 ▼司馬遼太郎さんは「街道をゆく」シリーズ『陸奥のみち』で、当時の中央政権の蝦
夷観を解きほぐしている。同じ蝦夷でも農耕生活に入った者を「田夷」、従来の狩猟採
集を続ける者を「山夷」と区別した。そして「山夷」を凶悪として、討伐の対象とした
という。

 ▼坂上田村麻呂はそうした使命を帯び、数次の大遠征を行った。今の岩手県南部に胆
沢城を築いた。司馬さんによればここで「開拓農民をまもり律令国家の北限とした」の
だ。今から見れば理不尽にも思えるが、それが国づくりの歴史というものだった。

 ▼李登輝さんは親しかった司馬さんから、そうした東北の歴史について聞いたのかも
しれない。そして北の方から見た国のあり方に興味を持ったのだろう。それにしても「
22歳まで日本人だった」と言う前台湾総統から日本について学ぶことは多い。
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2>>【特報 追う】李登輝前総統 みちのくの旅−真心でもてなす「古きよき日本」 

 今回の李登輝前総統の「奥の細道」紀行には、台湾から「フォルモサテレビ」「中天
テレビ」「三立テレビ」「TVBS」などのテレビメディアや中央通信社などが同行し、
また日本側は産経新聞、読売新聞、共同通信、NHKテレビなどが同行取材している。

 宮城・山形・岩手・秋田では地元の新聞やテレビ、支局の記者も取材するので、李前
総統の周りは常に取材陣であふれていた。特に台湾メディアは若い女性記者を配し、隙
あらばコメントを求めてマイクを突き出す。警備する側から「相手が女性だから、胸に
でもぶつかったらえらいことだから、ホントやりにくい」と思わず本音が洩れてくる。
それほどに熱心、いや“しつこい”取材ぶりだった。

 その点で、日本の取材陣はおとなしすぎるほどの印象だが、書くことはしっかり書い
ている。
 下記に産経新聞・宮城県版に掲載された「特報」をご紹介したい。李前総統一行を歓
迎した人々がどのように「おもてなし」するかを悩んだことに焦点を当ててレポートし
ている。長くはないが、印象に残るすぐれたレポートだ。         (編集部)
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【特報 追う】李登輝前総統 みちのくの旅−真心でもてなす「古きよき日本」
【6月7日 産経新聞】

 台湾の李登輝前総統が来日。松尾芭蕉の「奥の細道」をたどる旅で東北各地を訪れた。
行く先々で李登輝氏を待ち受けていたのは、みちのくの「おもてなし」だった。(金谷か
おり)

 ♪うさぎ追いしかの山 小ぶな釣りしかの川−。

 会場に響くのは、仙台市の常盤木学園高校音楽科の生徒80人が歌う『故郷(ふるさと)
』だ。

 3日、仙台市青葉区上杉の勝山館で「奥の細道探訪 李登輝先生を囲み歓迎するつど
い」が開かれた。宮城県日台親善協会と日本李登輝友の会宮城県支部の共催。親善協会
長の相沢光哉県議(68)は「李登輝氏は、スピーチよりも日本の文化でお迎えしたいと
思った。歌は一番心に響く。李登輝氏も知っている歌を選びました」と話す。

 相沢氏は宮城県内での李登輝氏のスケジュール作りに悩んだ1人だ。

 「旅はあくまでもプライベート。李登輝氏の体調も考え静かに見守りたい」という声
と、「初めて東北を訪れてくれるのだから、みんなで大歓迎したい」という意見に分か
れたからだ。

 「それぞれが李登輝氏を思っての意見。調整が難しかった」。悩んだ相沢氏は多賀城
碑、塩釜神社、瑞巌寺と円通院というコースを提案。李登輝氏や曽文恵夫人の体調を聞
きながら何度もスケジュールを調整し直した。

 3日の歓迎会も、当初は曽文恵夫人は出席しない予定だったが、体に負担がかからな
いよう時間を調整した上で、当日朝に出席返事をもらった。

 そして相沢氏が選んだ日本文化は『荒城の月』と『故郷』だった。

 高校生が高く低く歌い上げる懐かしい曲。日本統治時代の台湾に生まれ、22歳まで日
本人として生きた李登輝氏にも伝わったようだ。

 同行した台湾総統府の元国策顧問、黄昭堂氏(74)も「高校生の歌は、すばらしいご
ちそうでしたね」と感激した様子だった。

■  ■

 李登輝氏歓迎は山形にも広がった。

 「奥の細道のポスターはここでいいかな」「熱烈歓迎の紙を外に張ろうかな」

 3日午前10時すぎ、李登輝氏が昼食を予定していた山形県の立石寺近くにある料理店
「山寺風雅の国」は歓迎準備に追われていた。

 一汁七菜の精進料理で李登輝氏を迎えたのは岡田純一総料理長(46)。考え抜いたメ
ニューは、山形県のトップブランド「上山産はえぬき」を使ったソラマメご飯に始まり、
ワラビやタケノコ、ミソまで山形産食材にこだわった。

 「雲流ごま豆腐」は白と黒のゴマで立石寺にかかる雲をイメージ。

 小鉢には「ひょう干し」という野草を使った。「ひょっとしていいことがあるように」
と願いを込めたもので、普段は正月に食べる料理。ほかにも、干しアケビのミソ炒め、
ヤマイモを蒸してオオバで包んで天ぷらにしたものや、デザートには砂糖とレモンで甘
くしたダイコンおろしをかけて食べるオリジナルの寒天などがずらり。

 岡田総料理長は「県内食材を食べることで芭蕉の足跡が見えてくるのではないかと思
ったからです」とこだわりを語る。

 「器も凝りました。料理用ではない煎茶(せんちゃ)の茶器に盛りつけてみたが、李
登輝さんなら遊び心が分かっていただけると思いました」とほほえむ。

 岡田総料理長はこう言った。「精進料理の良さを、日本人にも、もう一度見直して
ほしい」

 日本人が忘れかけている、古きよき日本を知る李登輝氏の「日本人は自分の国の文化
にもっと誇りを持ちなさい」という言葉と、岡田総料理長の言葉が重なって聞こえた。

■李登輝氏の奥の細道行 台湾の李登輝前総統は5月30日に来日。31日に東京・深川の
芭蕉記念館を訪問。1日には後藤新平の会から後藤新平賞を受賞し記念講演。
 2日に仙台入り。多賀城碑、塩釜神社、瑞巌寺と円通院を訪れ、五大堂を背景に記念
撮影。「松島や 光と影の 眩しかり」という俳句を披露。
 3日に山形へ。立石寺を訪問、仙台市内では宮城県日台親善協会と日本李登輝友の会
宮城県支部共催の歓迎会に出席した。その後、岩手県平泉を訪れ、秋田では国際教養大
で講演した。

写真:住職らと談笑する李登輝氏(中央)と曽文恵夫人=2日、宮城県松島町の円通院

写真:仙台で行われた歓迎会。常盤木学園高の生徒たちが「故郷」を披露して李登輝氏
   を出迎えた=3日、仙台市青葉区の勝山館

写真:李氏が昼食をとった山形市山寺の料理店「山寺風雅の国」の岡田純一総料理長。
   もてなしに心を尽くした一人だ=山形市山寺
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3>> 7月26日(木)、名越二荒之助先生を偲ぶ会を開催

 機関誌『日台共栄』6月号でもお伝えしましたように、去る4月11日、本会創立以来、
理事としてご尽力いただいた名越二荒之助氏が呼吸不全のため逝去されました。

 7月26日、本会の小田村四郎会長、田久保忠衛副会長、水島総理事らが発起人となって、
下記のような「名越二荒之助先生を偲ぶ会」を催します。

 平成8年(1996年)3月、名越氏は、故許國雄氏(台湾・東方工商専科大学学長)を監
修者に、日台交流教育会の草開省三氏(本会理事)とともに編者となって、『台湾と日
本・交流秘話』を出版いたします。96編の日台交流の物語りを260点もの関連写真ととも
に収めたこの著は、今でも読み継がれ、このレベルを超える本はいまだに現れていませ
ん。文字通り不朽の名著と言っていい本で、この本によって台湾認識を深められた日本
人は少なくありません。

 編集子もその一人であり、当時、この本の編集・執筆を担当したことで台湾に目覚め
ました。台湾研究フォーラムや日本李登輝友の会の淵源は実にここに存します。

 ご案内にもありますように、私どもも出来るだけ多くの方に声をかけ、在りし日の先
生を皆さんとともに偲び、故人の霊を慰めたいと念願してをります。関係各位のご参列
を賜りますよう謹んでご案内申し上げます。

                 日本李登輝友の会常務理事・事務局長 柚原正敬
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名越二荒之助先生を偲ぶ会のご案内

謹啓 梅雨の候、益々ご清祥のことと拝察申し上げます。

 さて、皆様既にご承知の通り、名越二荒之助先生におかれましては、本年4月11日、
呼吸不全のため逝去されました(享年84歳)。

 先生の突然の訃報からはや二ヶ月の歳月を閲し、その高徳を慕ふ多くの方々から、名
越先生を偲ぶ会を催していただきたいとのお声を頂戴してをります。そこで有志相集ひ、
実行委員会を結成して協議を重ねました結果、下記の要領にて「名越二荒之助先生を偲
ぶ会」を開催する運びとなりました。

 先生は大変交際範囲の広い方でございましたので、出来るだけ多くの方に声をかけ、
在りし日の先生を皆さんとともに偲び、故人の霊を慰めたいと念願してをります。つき
ましては、万障お繰り合せの上、ご参列を賜れば幸甚に存じ上げます。

 尚、ご参会いただける場合は、下記の出席票をFAXにてご返送下さい。会場の収容
人数の都合もございますので、なるべく早めにお願ひ申し上げます。(最終締切:7月
15日)                                  謹白

                    記

■日 時 平成19年7月26日(木)午後5時〜7時30分(開場4時)

■会 場 九段会館 3階 真珠の間
      東京都千代田区九段南1-6-5(電話:03-3261-5521)
      地下鉄 東西線・新宿線・半蔵門線九段下駅(4番出口)から徒歩1分

■参加費 8000円(懇親会費を含む)
      参会者には名越先生追悼出版『史実が語る日本のまごころ』並びに名越先
      生を偲ぶ特製DVDを進呈致します。

■連絡先 「名越二荒之助先生を偲ぶ会」実行委員会事務局
      〒229-0031神奈川県相模原市相模原1-1-25-402 奈良保男気付
      電話:042-757-2002 FAX:03-3470-1305

 平成19年6月吉日

               「名越二荒之助先生を偲ぶ会」実行委員会
                 発起人 小田村四郎(前拓殖大学総長)
                     板 垣 正(元参議院議員)
                     渡部 昇一(上智大学名誉教授)
                     田久保忠衛(杏林大学客員教授)
                     水 島 聡(日本文化チャンネル桜社長)

*当日は混雑が予想されますので、なるべくお早めにご来場下さい。会場には駐車場も
 ございますが、お車でのご来場はご遠慮下さい。又、ご香典・供花等は一切お断りし
 てをりますので、その旨予めお含みおき下さい。当日は平服着用にてお願ひ申し上げ
 ます。
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名越二荒之助先生を偲ぶ会 出席票 

申込締切:7月15日(日)(回答はなるべく早めにお願ひします)

ご送付先 FAX 03−3470−1305


ご芳名
TEL
FAX

 尚、本出席票を以て、参加票に代へさせていただきます(事務局より改めて受取の通
知は致しません)ので、当日は本票ご持参の上、会場入口受付にて参加費をお支払ひの
上、ご入場下さい。
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*地方在住もしくはよんどころない事情により、当日は出席できないが、資料は欲しい
 といふ方は、3,000円(送料込み)にて資料一式(名越先生を偲ぶ特製DVD・追悼本
 ・当日の配布資料)をお頒け致しますので、定額小為替もしくは現金書留封筒にて、
 「名越二荒之助先生を偲ぶ会」実行委員会事務局(奈良保男気付)までお送り下さい。
 後日(「偲ぶ会」終了後)、順次お送り申し上げます。
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