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【メルマガ日台共栄:第542号】 私の奥の細道 李登輝(3)見極める「本質」−台湾再生へ終わりなき旅

2007/06/14



>>>>> http://www.ritouki.jp/――――――――――――【平成19年(2007年) 6月14日】

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<<INDEX>>―――――――――――――――――――――――――――――[Vol.542]
1>> 私の奥の細道 李登輝(3)見極める「本質」−台湾再生へ終わりなき旅
2>> 7月8日(日)、葉菊蘭前高雄市長を講師に日本台湾医師連合が講演会【要申込】
3>> 李登輝さんのこと 西村眞悟
4>> 日台は生命共同体―日本の友・李登輝先生の訴えに呼応しよう 大江康弘
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1>> 私の奥の細道 李登輝(3)見極める「本質」−台湾再生へ終わりなき旅

 6月9日、皇太子殿下ご成婚記念日の佳日、李登輝前総統は総統退任後、3度目となる日
本訪問の旅「学術・文化交流と『奥の細道』探訪の旅」を終えて帰台された。

 6月12日から、李前総統の全行程に同行取材した産経新聞の長谷川周人・台北支局長が、
李氏が発信したメッセージは何だったかを探るべく「私の奥の細道 李登輝」と題する
レポートを同紙に連載し始めた。下記にご紹介したい。本日は第3回目である。

 ちなみに、「私の奥の細道」というタイトルは、李前総統が今回の旅の目的について
「芭蕉の『奥の細道』を歩いて、日本文化とはなにかを、『私の奥の細道』と題して世
界に紹介したい」と発言されたことに由来している。          (編集部)
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私の奥の細道 李登輝(3)見極める「本質」−台湾再生へ終わりなき旅
【6月14日 産経新聞】

 「かす漬けがいい。これでお願いします」。角館(秋田県仙北市)にあるしょうゆの
醸造元で、土産物を物色していた台湾の李登輝前総統は、ポケットからサッと財布を取
り出すと、店主に千円札を差し出した。

 日本語で著書を出版する知日派の李氏が、日本円を持っていても不思議ではない。と
はいえ紛れもなく国外の要人だ。あわてて立て替え払いを済ませた日本側関係者のひと
りは、「ご自分で日本円を持ち歩いていたなんて…」と驚きを隠せない。

 総統経験者であり、農業経済学の専門家でもある李氏は、11日間にわたる今回の訪日
で、さまざまな側面をのぞかせた。

 李氏一家を乗せた車列は、松島(宮城県)の海景色を離れ、「山寺」の名で知られる
内陸の立石寺(山形県)へと向かう。「閑さや岩にしみ入る蝉(せみ)の声」。芭蕉の
有名な句はこの地で詠んだものだが、東北屈指の仏教信仰の霊山に来ても、李氏は「私
は別の宗教を持っており、特に申し上げることはない」とそっけない。しかし、若葉が
芽吹く新緑に話を向けると、ぐっとひざを乗り出して言った。

 「昨日は海、今日から山。正直にいってびっくりした。森の緑の瑞々しさ。山が大切
にされているなぁ。台湾も国として全体的な国土保全を真剣に考えなくちゃいけない。
台湾はあと50年かかるかなぁ」

 中尊寺(岩手県)に着いても同様だった。ここ平泉の地に勢力を張った奥州藤原氏が、
源頼朝に滅ぼされたのは1189年のことだ。その約500年後に平泉を訪れた芭蕉は「夏草や
 兵どもが 夢の跡」と歌った。だが、李氏の関心はもっぱら、京都から遠く離れた東
北に拠点を置いた奥州藤原家の「国家戦略」にあった。「なぜ、ここに“都”を置いた
か、今も解せない。昔から中国あたりでは地政学が重視されるんだが、地理的な問題に
加えて財源がなければ、(国家は)立っていけるものじゃない」

 芭蕉の足跡をたどる李氏の移動距離は760キロを超えた。道中、「芭蕉の苦労が分か
らない」と繰り返した。新幹線や高速道路を使った今回は「楽な旅」だったからで、
「芭蕉のように、ぽつぽつと歩いてみたい」と再訪に意欲を示した。

 そして李氏は訴える。「将来を見据え本質を見極める努力が大切だ」。台湾内政に目
を向ければ、目立つのは近視眼的で自分本位な論争ばかり。李氏が今後、「奥の細道」
から台湾再生への「最後の設計図」を描くとすれば、「私の旅は終わりません」ときっ
ぱり語った言葉の意味は重い。(長谷川周人)

写真:中尊寺(岩手県平泉町)の芭蕉の句碑の前で、芭蕉への思いを語る李登輝前総統
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2>> 7月8日(日)、葉菊蘭前高雄市長を講師に日本台湾医師連合が講演会【要申込】
   テーマは「現代台湾人の歴史的使命」(仮)日本語通訳:林建良氏

葉菊蘭前高雄市市長講演会のご案内

 台湾民主建国に決定的な影響を及ばしたもっとも壮絶な事件は、1989年鄭南榕氏の身
を包んだ炎であった。その炎が照らした独立建国の道に邁進すべき民進党は徐々に元来
の理想を失いように見え、目先の政治闘争に明け暮れている。

 ただ一人の女性政治家がこの魑魅魍魎の世界に清らかに佇んでいる。台湾建国運動の
凄絶な悲劇と不屈な闘争の両面を持っている象徴的な人物、独裁政権に抗議した焔で夫
君の鄭南榕氏を失った葉菊蘭さんである。

 彼女は民進党に身を置きながらも夫君の遺志を継いで台湾独立の灯火を守ってくれる
と皆の期待と尊敬を一身に集めている。2008年の副総統候補にも名が上げられている葉
菊蘭さんが今後台湾の針路に大きな役割を果たしてゆくことは想像するまでもない。

 清楚で柔らかな口調の彼女からは政治理念、日台関係に対する見解、台湾の国家像、
などにとどまらず、理想的な台湾女性像のしなやかさと強靭さを伺うこともできると思
われる。

【日 時】7月8日(日)午後3時より受付 3時半より講演会 午後6時半より懇親会

【ところ】ホテルオークラ東京 平安の間(港区虎ノ門2-10-4)TEL:03−3224−6700

     交通:銀座線「虎ノ門駅」、日比谷線「神谷町駅」、南北線・銀座線「溜池
        山王駅」

【演 題】(仮)現代台湾人的歴史使命 (日本語通訳 林建良)

【葉菊蘭(よう きくらん)さん略歴】苗栗県銅鑼郷出身。輔仁大学法律学部卒。元交
通部長、元行政院副院長、元高雄市代理市長。1989年、独立運動家であり夫の鄭南榕氏
が、国民党政府の言論の自由に対する弾圧への抗議から焼身自殺した。その後立法委員
選挙に立候補し当選。90〜00年 立法委員。90〜00年 立法院内政、外交、司法委員会
召集委員。95年 民進党立法院党団召集人。96年 民進党総統候補彭明敏選挙対策本部
総幹事。交通部長や行政院客家委員会主任委員、行政院副院長などを歴任した。2005年
9月、女性としては初めてとなる直轄市の代理市長となった。

【会 費】 講演会 1000円(学生無料)  
      懇親会 10000円(懇親会参加者は講演会会費を免除)

【主 催】日本台湾医師連合

【共 催】日本台医人協会、日本李登輝友の会、在日台湾同郷会、在日台湾婦女会、台
     湾研究フォーラム、全日本台湾客家婦女会、東京崇正公会

【申込先】7月4日まで 蕭悧悧(しょう りり)常務理事まで 
     fax 0297-45-6750  メール tcy628@hotmail.com

ご氏名講演会     懇親会

ご連絡先
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3>> 李登輝さんのこと 西村眞悟

【6月11日 西村真悟の時事通信 No.291】

 六月七日、早朝の東京は晴れていた。しかし、午前七時頃から雲量が増え始め、その
後雷注意報がだされた。

 その中を私は、靖国神社に向けて車を走らせ、九時三〇分に神社の遊就館の横を通っ
て社務所の前のカメラの放列の後ろに目立たないように立った。

 この朝、李登輝さんは、九時半以降十時までの間に靖国神社に参拝のために訪れるこ
とになっていた。

 そして、この参拝は、李登輝ご夫妻の私的な訪日のなかの参拝であるので、目立った
ところでお迎えすることをせず、カメラの列の後ろに私は立ったのである。

 李登輝さんは、午前十時丁度に到着した。車を降りて振り向き、しばし佇む李登輝さ
んを私ははっとして見つめた。一年半前に台湾の自宅にお伺いしてお会いしたときより
も、さらに髪は白さを増し表情もニコリともせず厳しかった。何時もにこやかに手を振
る李登輝さんを見ていたので思わずはっとしたわけである。

 遅れて神社の控え室に入ると、李登輝さんの表情は、泣いておられるのではないかと
思うほど、沈痛なものに変わっていた。

 そして、語られた。

「兄貴は僕より二つ年上でした。僕たちは二人兄弟で仲がよかったんです」

「親父は、兄が死んだことを死ぬまで信じなかったんです。あちこち歩き回って兄貴の
ことを尋ね歩きました。だけど、兄が死んだとき、家に兄の霊が現れたと家の人が言っ
てました」

「親父が兄貴の死んだことを信じなかったものですから、兄貴の慰霊はできませんでし
た。それで、気になって気になって仕方がなかったんです。
 しかし、靖国神社に兄貴が祀られていて、今日、六十二年ぶりにやっと兄貴の慰霊が
できるんです。
 ありがとうございます」

 そして、宮司に促されて、李登輝さんご夫妻は、神社の拝殿に向かわれた。

 参拝を終えられて控え室に戻った李登輝さんは、また、

「靖国神社にお参りできてよかったです。
 ありがとうございます」

と言われた。

 靖国神社の記録によれば、李登輝さんの兄、即ち、海軍上等機関兵李登欽命は、昭和
二十年二月十五日にフィリピンのマニラで戦死。家族は父李金龍氏とある。

 さて、神社に到着された李登輝さんの表情の厳しさにはっとした私であるが、控え室
でその訳が分かったのだ。

 李登輝さんの兄貴への思い、そして、兄貴の死を信じなかった父への思いが、靖国神
社に入って心に溢れでたのだった。それが、沈痛な表情となり私には厳しく見えたのだ。

 李登輝さんの様子を観ていて、以前、満州で戦いシベリア抑留から帰還された堺の今
は亡き溝端昇さんが言っていたことが甦ってきた。

「先生、わしは生きて帰れたけど、昔はなー、靖国神社にお参りしますやろー、その
時なー、いつもおばあちゃんやおじいちゃんが来てはって、拝殿に向かって、何々ちゃ
ん、何々ちゃん、て戦死した息子の名前を一心につぶやいてはるんですわー。
 この光景、忘れられません。
 わしの兄貴も戦死して祀られてるから、東京へ出るたら必ず靖国神社にお参りするん
ですわ。」

 この溝端さんが言っていた遺族の姿が李登輝さんと重なった。

 昔、遠くから東京に出てきた遺族は、戦死した息子や兄弟に会うために靖国神社に来
た。

 この日本人の素朴な慰霊の心、これと同じ心情で、李登輝さんは遠くから靖国神社に
来られたのだった。

 李登輝さんも「兄貴」の名をつぶやいておられたのだ。それを思うと、私も込み上げ
てくるものを抑えることができなかった。

 それにしても、この隣国の前大統領が、昔の日本人と同じ素朴な心情を以て、靖国神
社に参拝し、ありがとうございます、と言ってくれるのだ。

 台湾と日本、このような麗しくありがたい関係は他にありはしない。

                                    (了)
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4>> 日台は生命共同体―日本の友・李登輝先生の訴えに呼応しよう 大江康弘

【6月13日 台湾の声】

読者便り 日台は生命共同体―日本の友・李登輝先生の訴えに呼応しよう

                             参議院議員 大江康弘

 このたび私が敬愛する台湾の李登輝先生が11日間の日本訪問を終え、無事に帰国され
ました。

 滞在中は念願の奥の細道の散策、そして靖国神社への参拝がようやく実現し、心より
お喜び申し上げる次第です。

 そしてさらに私はここにおいて、李登輝先生に感謝を申し上げたく存じます。

 李登輝先生は日本国民に対し、奥の細道を歩かれては日本の伝統的な精神の美を教え
てくださいました。また靖国神社参拝を通じては日本人の慰霊文化、武士道精神の在り
方と、それを周辺諸国の圧力から守るべきことを訴えてくださいました。

 また講演や記者会見を通じては、何度も何度も日本はアジアの平和のためにリーダー
になるべきだと激励されました。

 だからこそ私は日本国民の一人として、ここまで日本の将来を思ってくださる李登輝
先生に感謝したいのです。そしてまた多くの国民に対し、李登輝先生の日本激励の言葉
に耳を傾けようと呼びかけたいのです。

 今回の日本訪問、あるいは靖国神社参拝を巡って国内のマスコミは、「中国の反発必
至」「中国を刺激する」などと書き連ね、つねに日中関係を絡めた視点からこの問題を
論じていました。しかしこれはとても残念なことです。どうして日本人はここまで中国
にビクビクするのでしょうか。そのような自信を喪失した日本人を激励するために李登
輝先生は日本へいらしたわけですが、まだまだそれを理解できない日本人は多いという
ことでしょう。

 李登輝先生は都内での記者会見で「日本と台湾は生命共同体だ。台湾にいったん何か
あればすぐ日本にも響く。台湾海峡問題も日本の大きな一つの問題だ」と強調されまし
た。日台が「生命共同体」であることは安全保障上の厳然たる事実です。こうした現実
的観点を持っている日本の政治家、国民はいったいどれほどいたでしょうか。

 中国覇権主義の前において、日本がなければ台湾は危ない、台湾がなければ日本は危
ない。日台が連携しなければアジア・太平洋地区の平和と繁栄は守れない。だからこそ
「生涯を台湾のために捧げる」とおっしゃる李登輝先生は、台湾のために日本を激励さ
れるのです。あるいは「22歳まで日本人だった」と自らおっしゃる李登輝先生は、心か
ら日本を心配し鼓舞されるのです。

 この会見ではさらに次のようにもおっしゃいました。

「(日台は)外交関係がなく、単なる赤の他人みたいな形になっている。赤の他人では
いざというときに何もできない。こういう困難を抱えつつも(日本の)政治家は台湾と
付き合っていくべきだ」と。

 李登輝先生に代表される台湾国民の日本への友情は、日本国民には何にも代えがたい
宝です。私は日本の国会議員として、この李登輝先生の訴えに呼応し、さらにいっそう
国の安全保障の問題に取り組んで参る所存です。
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  • 名無しさん2007/06/15

     西村眞悟さんのメッセージとても良かったです。 もっと同氏に登場してもらいたい。 あと、平沼赳夫さんにも登場願いたい。