国際情勢

メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第514号】 台湾の「花咲爺さん」王 海 清

2007/05/01



>>>>> http://www.ritouki.jp/――――――――――――【平成19年(2007年) 5月1日】

    ☆★☆★ 日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」 ☆★☆★
            新しい日台交流にあなたの力を!!
<<INDEX>>―――――――――――――――――――――――――――――[Vol.514]
1>> 台湾の「花咲爺さん」王 海 清
2>> 5月13日(日)、高座日台交流の会が佐々木理臣氏を講師に定期総会と講演会
3>> 海洋基本法 縦割り排して総合戦略を
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■ 5月6日「台湾のWHO加盟を支持する集い」にぜひご参加を!
 開催要綱は日本李登輝友の会のホームページに掲載 http://www.ritouki.jp/

■お詫びと訂正
 昨日配信の「【日台姉妹都市交流】交流具体化へ一歩前進 美濃と台湾・美濃鎮」に
 おいて、中日新聞の記事をご紹介しましたが、その中に「日本政府が戦前の占領時代
 に建てた発電所」という記述がありました。当時の台湾は下関条約に基づく日本の領
 土でしたので、「占領」という記述は間違いです。他紙のこととは言え、注意書きを
 入れるべきでした。ご指摘いただいた江見様、有難うございました。  (編集部)
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1>> 台湾の「花咲爺さん」王 海 清

 昨日のメールマガジン「台湾の声」に、『生命の光』四月号(発行・キリスト聖書塾)
よりの転載で、台湾で桜を植え続けている王海清さんを紹介する一文が掲載されました。

 王海清さんとはこの2月、私どもが河津桜の苗木を台湾に寄贈した折、南投県鹿谷郷
の式典にもわざわざいらっしゃっていただき、初めてお会いしました。この不自由な御
身体で今でも桜を植樹し続けているのかと驚きました。

 私どもが寄贈した河津桜の苗木は、台湾では接木で増やしているのですが、台木とな
る母木は王海清さんが提供しています。

 この桜ツアーに同行していたノンフィクション作家の平野久美子さんが1月末に出版
された『トオサンの桜−散りゆく台湾の中の日本』は、実は王海清さんを主人公にした
台湾の「トオサン」たちの戦後史で、母木提供の話もこの本に出てきます。

 なお、この「生命の光」を発行しているのはキリスト聖書塾で、その母体はキリスト
の幕屋です。会員の皆さんは李登輝前総統を大変尊敬されていて、何度も訪台してお会
いしています。キリストの幕屋の詳細につきましては下記をご覧下さい。 (編集部)

キリストの幕屋ホームページ http://www.makuya.or.jp/
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【4月30日 台湾の声】

『生命の光』四月号(発行・キリスト聖書塾)より転載

▼人物訪問 台湾の「花咲爺さん」王 海清
(取材・河盛尚哉)

 台湾の内陸部に位置する南投県埔里の町。この埔里から霧社まで、約二十数キロの山
道に、いまも桜の木を植えつづけている方がおられます。今年、八十三歳をむかえた王
海清さんです。

 お訪ねしたのは、一月末でしたが、沿道には王さんが植えられた、うす紅の山桜の花
が満開でした。

■高雄に花咲く同期の桜

 王海清さんは、日本の統治時代に国民学校で六年間、日本の教育をうけました。その
とき、いちばん心に残ったのが、国語の教科書にのっていた「サイタ サイタ サクラ
ガ サイタ」でした。子供心にも、まだ見たこともない桜へのあこがれが、このころに
芽生えたといいます。

 そして昭和十七年、王さんは志願兵として、高雄の海軍陸戦隊に入隊。

「徴兵じゃないよ、志願兵だよ」と、王さんは何度もほこらしげに話されます。そして、
そのときにうたった『同期の桜』を、うたってくださいました。

「貴様と俺とは 同期の桜
 同じ高雄の 庭に咲く
 咲いた花なら 散るのは覚悟
 見事散りましょ 国のため

 これ、日本時代の兵隊の歌。パッと咲いて、パッと散る。サッと散るのは、お国のた
めに死にましょうという心。歌って、思って、考えてみたよ。これが桜にこめた日本人
の心だよ」

■黙って、ひとりで始めること

 沖縄での激戦に参戦するために、高雄で待機していた王さんの部隊でしたが、輸送船
がつぎつぎと撃沈されたために、そのまま終戦を迎えました。

 戦後まもなく、王さんが移り住んだのが霧社でした。そこには、日本人が植えた桜が、
数百本も残っていたのです。それが、王さんが生まれてはじめて目にした桜でした。

「桜を見た、うれしかった。ああ、これが桜だ、と思った」

 ところが、その桜が、道路拡張工事のために、一本残らず切り倒されたのです。王さ
んはそれが残念でたまらず、村の役場や有力者の人々をあつめて、桜を植える相談をし
ました。だれが何本、だれが何本と、桜再生の相談はまとまりましたが、いつまでた
っても、だれひとりとして、桜を植えようとはしません。

 そこで王さんはひとり、だれにも告げず、日本人が植えた桜の種から育てた苗を、霧
社から埔里への沿道に植えはじめました。その数はなんと、一年間で三千二百本。

■「これが日本精神だよ」

 やがて大きく育ち、白や紅の花を咲かせるうつくしい桜。その桜のうつくしさにひか
れて、根こそぎ桜の木を持ってゆく人が、跡をたたなくなりました。

 抜かれては植え、抜かれては植え、この二十年間で、王さんが「補足」した桜は、千
八百本にもなります。

 あるときは、桜の木を盗んでいるのを見た人が、そのあとを尾行して王さんに、「盗
んだ人の家をつきとめたから、警察に突き出しなさい」と言いました。

 でも王さんは、その人をとがめようともしません。

「いいんだよ、その人が取って帰って植えても、人が見て、きれいだなと思ってくれた
らいいよ。個人じゃない、みんなが見てくれたらいいんだよ」

 道ゆく人が、桜を植える王さんを見て声をかけます。

「いくらで雇われてるんだね?」

 村から雇われて桜を植えていると思うからです。

「月に二万元だよ」

 自分でお金を出して桜を植えていることなど、だれも信じてくれないので、そう言い
つづけてきたのです。

「黙って植えて、桜が咲く。それが私の成功」

 あるとき、自動車事故で、王さんの植えた桜の木があったために、命が助かった人が
ありました。その事故がきっかけとなって、王さんが二十年間、無償で桜を植えつづけ
たことが、はじめてわかったのです。

 そして、台湾では個人としてははじめて、台湾交通部(日本の国土交通省に当たる)
から、最高の栄誉である「金路賞」を受賞したのです。

 インタビューにうかがった翌朝、王さんはいつものように五時に起きて、霧社から歩
きはじめます。脳梗塞で動かなくなった右手にかわって、左手に剪定鋏をさげて……

「王さんは、死ぬまで桜を植えつづけるんですか?」

「桜を植えると決めたら、植えつづける。これが日本精神だよ」

 そのひとことが、台湾の心地よい風と、桜の彩りともに、いまもわたしの心の奥にひ
びいています。
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2>> 5月13日(日)、高座日台交流の会が佐々木理臣氏を講師に定期総会と講演会
   台湾高座会代表団25名の来日歓迎会も併せて開催

高座日台交流の会会員各位

定期総会と講演会・台湾高座会代表団歓迎会の開催について

拝啓 会員の皆さまには益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。平素は日台の友好親
善にご協力を賜り、厚く御礼申しあげます。
 さて、表題につき下記要領で開催します。お繰り合わせご出席くださいますよう、ご
連絡かたがたお願い申しあげます。同封のハガキにて、ご出席の可否ご返事ください。
取り急ぎ、お知らせとお願いまで。                    敬具

 2007年4月12日

                             高座日台交流の会
                             会  長 佐野 た香
                             事務局長 石川 公弘
                             電話046−261-1838

                      記

場 所 北京飯店 大和駅西口1分 (電話046−261−7160 )
日 時 2007年5月13日(目)

1 総 会 15時30分から16時15分 事業計画・予決算審議・その他

2 講演会 16時30分から17時45分  現下の台湾情勢 (仮題)
                  東京新聞編集委員(前台湾支局長) 佐々木理臣氏
3 歓迎会 18時から20時

      歓迎会費 1万円(歓迎会参加者のみ 当日受付でいただきます。)
      台湾高座会代表団25名来日、その歓迎費を含みます。ご了承ください。

*会員外の方で参加を希望される方は、事務局長の石川公弘氏までお問い合わせ下さい。
*佐野た香氏は、このたびの日本李登輝友の会総会で新たに理事に就任されました。
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3>> 海洋基本法 縦割り排して総合戦略を

【4月30日 産経新聞「主張」】

 松原遠く…と歌い始める文部省唱歌「海」や「われは海の子」「浜辺の歌」など、四
方を海に囲まれた日本には海辺の光景を歌った名曲が数多い。海が身近な存在であった
ことの何よりの証しだろう。しかしいま、それらはあまり歌われなくなり、海への意識
も遠くなった。

 このほど成立し7月にも施行される海洋基本法は、総合的な海洋政策を進めていく要
諦(ようてい)である。海への意識を喚起し、国際的には周回遅れとされる海洋戦略を
早急に構築してほしい。

 「海洋国家」であるはずなのに、これまで基本法制定には強い関心は払われてこなか
った。統括省庁もなく担当大臣もいない。国としての海洋戦略は何もなかったに等しい。

 いま、日本の周辺海域には多くの国家間問題が存在する。中国とは東シナ海のガス田
開発、韓国との竹島付近での海域調査、ロシアとの北方領土、そして北朝鮮の工作船暗
躍、台湾も含む近隣諸国との漁業問題などだ。

 国際社会は1994年、海洋の保護と有効利用を目的に国連海洋法条約を発効させた。
条約は、沿岸12カイリの領海と200カイリの排他的経済水域(EEZ)をその国の管理海
域とすると定めた。アジアでいち早く反応したのが中国と韓国だ。海洋問題の責任官庁
を設けて戦略としての海洋政策を推進、ガス田開発や海域調査は条約への素早い対応に
ほかならない。

 ところが、日本では海洋問題の管轄は、資源開発が経済産業省、漁業は農林水産省、
港湾整備は国土交通省など8省庁に分かれて、対応は後手にまわった。有事の際の海上
自衛隊と海上保安庁の役割分担も判然とせず、海洋国家とはいえない状態が続いている。

 基本法では、海洋基本計画策定を義務付け、首相を本部長とする総合海洋政策本部を
設置、海洋担当相を置くとする。政策本部で国家戦略としての海洋政策が推進されるが、
従来の縦割りが存続するようだと機能しない。

 政策遂行には国内法整備に加え、情報収集や調査分析が不可欠となる。国際会議で各
省庁からの担当者がめまぐるしく代わるようでは、ますます蚊帳の外に置かれてしまう。

 日本を真の海洋国家に変えるためにも、専門家の育成を含めた体制づくりが急務だ。
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