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【メルマガ日台共栄:第497号】 李登輝前総統vs井沢元彦氏「SAPIO」対談(1)

2007/04/08



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<<INDEX>>――――――――――――――――――――――――――――――[Vol.497]
1>> 李登輝前総統vs井沢元彦氏「SAPIO」対談(1)
2>> 李登輝前総統が恩師柏祐賢氏の告別式に弔辞
3>>【新刊紹介】盧千恵『私のなかのよき日本−台湾駐日代表夫人の回想50年』
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1>> 李登輝前総統vs井沢元彦氏「SAPIO」対談(1)
   「台湾の選択、日本の将来」前編−台湾は民主的な独立国家。独立宣言など必要ない

 3月25日に行われた日本李登輝友の会第5回総会の記念講演において、講師の黄昭堂・台
湾独立建国聯盟主席は、この講演に先立ち、李登輝前総統に「『壱週刊』より『SAPI
O』のインタビュー記事の方が本当の李登輝発言だと伝えていいか」と確認すると「その
通り」と答えた、というエピソードを披露された。

 「SAPIO」のインタビューとは、「台湾の選択、日本の将来」と題された李登輝前
総統と作家の井沢元彦氏による対談のことで、前編が2月14日に発売され、後編が2月28日
に発売されている。

 そこで、未だに「李登輝は転向した」とか「180度、方向転換した」と誤解している向き
があり、すでに「SAPIO」誌も入手し難いので、ここに、「SAPIO」編集部の許
可の下、 この対談を本誌に掲載して参考に供したい。長文なので何回かに分載して紹介す
るが、李登輝前総統の真意をご理解いただければ幸いである。

                    メールマガジン「日台共栄」編集長 柚原正敬
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李登輝(台湾前総統)vs井沢元彦(作家)特別対談「台湾の選択、日本の将来」前編
「台湾は民主的な独立国家。独立宣言など必要ない」

【2007年2月28日発行(2月14日発売)SAPIO(第19巻第5号通巻410号)】

 「李登輝転向」「台湾独立を批判」−衝撃的な見出しが台湾各紙の1面に並んだのは、
「1月31日発売の大衆向け週刊誌『壹週刊』に掲載された李登輝・台湾前総統の発言を受
けてのことだった。「私は台湾独立と言ったことはこれまで一度もない」「台湾は中国資
本をもっと受け入れていくべきだ」「機会があれば中国大陸に行ってみたいと思う」……
李登輝氏が語ったとされるこれらの発言は、彼を精神的支柱としてきた台湾独立派に大き
な動揺を与え、台湾中を巻き込んだ大騒動に発展した。

 その揺れる台湾のまっただなかに、作家・井沢元彦氏はいた。期せずして李登輝氏との
初対談が、雑誌発売からわずか2日後というタイミングで実現したのである。果たして李
登輝氏は本当に転向したのか−。井沢氏は対談の冒頭から鋭くこの話題に切り込んでいっ
た。渦中の李登輝氏が真意を激白したスクープ・インタビューである。

【PROFILE】李登輝。1923年台湾生まれ。台湾前総統(1988−2000年)。1996年に初の総統
直接選挙を実施して勝利するなど、台湾の民主化に努めた。日本統治時代は京都帝国大学
に学び、戦時には学徒動員された経験を持つ。

井沢 昨日、台湾に着いて新聞を見ましたら、「李登輝が180度転向」という記事があり、
李登輝支持派の方々が「裏切られた」とショックを受けている様子が載っていました。真
相はどうなんですか?

李 ことの発端は週刊誌『壹週刊』の記事です。台湾で一番売れている雑誌ですが、要す
るに雑誌を売るために非常にセンセーショナルなタイトルをつけた。記事の中身を読めば
、かなりニュアンスが違うことがわかります。

井沢 「台湾独立と言ったことはない」「中国資本を受け入れろ」「中国大陸に行ってみ
たい」といった刺激的な見出しから受ける印象とは、内容が異なるということですね。

李 かなり違います。この3つの問題に関して背景にあるのは、台湾の民主化が非常に後
退していることに対する危惧です。同時に、経済が停滞し貧富格差が拡大してきているこ
とへの心配もあります。

井沢 高所得者と低所得者の所得格差が6倍以上になっていると聞いています。

李 昔は2〜3倍だったのが、景気が冷え込んで失業者が増え、2003年のSARS(重症
急性呼吸器症候群)禍の頃と同レベルにまで落ち込んだ。こういう問題が起きたのは、経
済政策のミステイクが原因で、いま一番大事なのはそれをどう修正するかなんです。
 ところが、政府民進党と国民党は台湾独立というテーマをめぐって権力闘争を繰り広げ
るばかりで国民生活を顧みようとしない。だから、台湾独立を掲げた無意味な権力闘争を
やめろと言ったのです。

井沢 今は国民生活を考えて経済政策に専念するべきと。

李 そう。民進党内部でも権力闘争をやっていて、来年度の政府予算も通っていない状態
で、これでは公共事業もできない。大学の学費や学校の給食費を払えない家庭が増え、農
業従事者の収入も減っている。私が総統をしていた時代の失業率は2・5%程度だったが、
02年には5・3%まで上がった。統計数字では失業率は下がっていると言うが、どうも実情
を表わしていない。台湾独立か中国との統一かで争っている場合じゃないのです。
 そもそも私は、台湾はすでに一つの民主的な独立国家であるという立場に立っています。
だから、今さら「台湾独立」を叫ぶ必要はない。今の台湾は独立した民主国家として要件
が不足しているから、それをどう補充していくかを考えればいいのです。

井沢 そのお話の言葉尻をとらえて、「台湾独立などと言っていない」という見出しにつ
ながったということですね。ただ、国名を中華民国から台湾に改める「正名(名を正す)」
という問題はありますよね?

李 そうです。すでに国民の大多数が、この(中華民国という)名前はよくないと言って
います。国連からも追い出されてしまったし、この名前を変えましょうと。そういうよう
に一歩ずつ変えていけばいい。憲法の問題もそうです。中華民国の憲法を、現在の台湾に
向いた憲法に変えようと。日本だって、マッカーサー司令部が手渡した英文の憲法を日本
語に直して、日本の憲法にしている。日本から見れば、この憲法は子どもの時に作ったも
の。今、もう大人になって使えないから変えますよと言えばいい。

井沢 憲法改正というより、新憲法の制定ですよね。

李 そういうことです。ところが、その「制憲」ができない状態になっている。05年に立
法院の憲法修正案会議で、立法委員の4分の3以上の出席に3分の2以上の賛成で提起さ
れた上に、住民投票で住民数の過半数の賛成を得ないと憲法修正ができないとする憲法修
正案が可決され、不足する要件を補充したくても現実的には憲法修正が難しくなってしま
ったのです。汚職や権力闘争もはびこり、台湾の民主化は後退していると言わざるをえな
い。

中国投資の一方通行で
台湾国内はタンクがカラ

井沢 では、第二の「中国資本を受け入れろ」とは、どういう意味でしょう。

李 これは純粋に台湾経済の不況に関わる問題です。90年代に台湾では人件費が高騰し労
働力が不足していたので、中国大陸で商売をやりたいという人がどんどん出てきた。その
頃は、「匆忙未必真快」(急がば回れ)ということで、5000万ドル以上の投資については、
有用な公共投資、科学技術が流出しないよう政府が審査していたのです。ところが、2000
年以後のいまの政府になったら中国大陸への投資の積極的開放をやった。
 7年目の今、どうなったかというと、中国大陸における外国投資の半分以上が台湾です
よ。総投資額は約2800億ドルで、これは台湾のGNPの約8割に相当する。しかし、経済
というのはお金が出て行くばかりじゃダメで、戻ってこないといけないが、今は台湾から
中国の一方通行になっている。タンクの中の水が流れ出てカラになっている状態。一部の
電子産業が活況を呈しているだけで、ほとんどの産業が空洞化し、失業者が増え、人民が
生活に困窮する事態になった。台湾はかつて「アジアの4匹の小龍」の中でもトップにい
たのです。

井沢 4匹の小龍というのは、日本を龍として、それに続く台湾、韓国、香港、シンガポ
ールの4つの小龍ですね。

李 昔は台湾は韓国より上だったんです。ところが、この7年間で台湾は4か国の中で一
番下にまで落ちた。その大きな原因が中国投資です。なぜ台湾入が中国人陸に投資して、
儲けたお金を台湾に持って帰れないのか。この仕組みを変える必要がある。中国大陸でも
経済が伸びてきたのだから、中国人が台湾に来て投資してもいいわけです。一番手近なと
ころでは観光を増やしたらどうかと思うのですが、許さないんだよ、観光を。観光客が1
年間に数百万人も来れば、台湾のさまざまな業界は発展するんですよ。

井沢 中国大陸から台湾へは投資だけでなく、観光もできないのですね。ワン・ウェイを
ツー・ウェイにしなければならない。だから、「中国資本を受け入れろ」と。

李 そう。海外から資本を入れて産業の育成をやるべき。私は総統になる前、政務委員の
任にあったときに、電子産業発展のための奨励政策を作ったのです。たとえば、アメリカ
や日本に住んでいる台湾人が台湾で投資をしたいというときに、技術と必要な資本の20%
を用意できれば、残りの80%を政府が貸し付けるという制度で、台湾の電子産業発展の礎
(いしずえ)になった。

井沢 素晴らしいですね。そういった奨励政策をどんどんやるべきだと。

李 そう思います。たとえばICチップの製造に使われる半導体ウェハーは現在主流の8
インチから容量の大きい12インチに移行しつつありますが、政府は8インチの古びた技術
を中国大陸にもっていって金儲けしようとしている。私は反対なんです。台湾には、5年
間の免税と5年間の加速償却という制度があり、国内のほとんどの製造設備は償却が終わ
っていてコストはゼロになっている。それなのになぜ中国大陸で新たに工場を建てなけれ
ばならないのか。古びた技術でも国内に残しておいた方がいいんです。
 古い技術を国外へ持ち出すことばかり一所懸命になっている一方で、新しい技術の開発
を進めているかというとそうでもない。たとえばテレビは今や液晶やプラズマが主流にな
りつつあり、青色レーザー関連の技術開発も重要になっています。こういった新技術の開
発の奨励政策はほとんどやっていないのです。

井沢 台湾が今、凋落しつつあるのは、台湾の現指導部の問題なのか、それとも中国によ
る何らかの謀略に引っかかっているということなのか、どちらですか。

李 台湾指導部の問題、能力の問題です。

井沢 そうですか。もう一つ、「中国大陸に行ってみたい」と発言された真意については?

李 これはねえ、今の共産党が支配する中国という国に行きたいという意味ではないんで
す。私は「一生涯のうちに、行ってみたい場所が4か所ある」と発言しました。そのうち
の一つは、やはり日本。『奥の細道』の行程を歩いてみたい。ほかは『出エジプト記』(*
1)と、孔子の辿った「列国周遊」(*2)の道程、そしてシルクロードを歩きたいのです。

*1…モーゼ自ら書き残したとされる『出エジプト記』には、モーゼがイスラエル民族の長
として、エジプトから約束の地(カナン)への大遠征を指揮する様子が描かれている。李
登輝氏が「台湾のモーゼ」と呼ばれたのは、台湾人を当時のイスラエル民族に、モーゼが
渡る際に海が割れたという伝説を台湾海峡になぞらえたことによるもの。

*2…孔子は祖国の魯で政治に登用されるも失望し、門弟たちを引き連れ14年にもわたる諸
国周遊の旅に出たとされる。

井沢 なるほど、そういう意味なんですね。しかし、こんな風に発言を歪めて「李登輝180
度転換」などと伝える週刊誌の取材をなぜ受けられたのですか?

李 いや、わかっててやっているんです。大部数売れている雑誌にこういう記事が出れば、
新聞やテレビが大騒ぎして私のところにやってくるでしょう。そこでいまのように、真意
はこうだと、政府は経済政策を本気でやれという話をするわけです。こういうのは計算の
うちです。

井沢 なるほど、世論を喚起するために逆に利用したんですね。恐れ入りました。

                                 (次号につづく)
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2>> 李登輝前総統が恩師柏祐賢氏の告別式に弔辞
   恩師との再会場面は「李登輝前総統来日特集」に収録

 昨日、京都市左京区の岡崎別院において、3月12日に99歳で逝去された李登輝前総統の京
都帝国大学時代の恩師である故柏祐賢氏の告別式が行われ、李前総統が弔辞を寄せられた。
弔辞は李前総統来日時、柏祐賢氏との61年ぶりの再会に尽力した大田一博氏(輝生医院院
長、本会理事)によって代読されたそうです。

 昨日の「ラジオ台湾インターナショナル」ニュースが告別式の模様を伝えていますので
ご紹介します。

 なお、李登輝前総統と柏祐賢氏の再会の場面は、本会オリジナル映像でしか見ることの
出来ない秘蔵映像を満載したDVD版・ビデオ版「李登輝前総統来日特集」にも収録され
ています。お申し込みなどの詳細は本会ホームページをご覧下さい。     (編集部)
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李登輝・前総統、恩師の告別式に弔辞
【4月7日 Radio Taiwan International】

 台湾の李登輝・前総統は7日、日本・京 都の東本願寺で行われた柏祐賢(かしわ・す
けかた)京都大学名誉教授の告別式に弔辞を送り、哀 悼の念を伝えた。

 柏氏は3月12日、老衰のために自宅で死去した。 99歳だった。柏氏は、李登輝・前総統
が京都大学 農学部に在籍していたときの恩師。李登輝・前総統は2004年12月末、日本を訪
問した際、61年ぶりに恩師である柏氏と再会している。

 李登輝・前総統の弔辞は、日本在住の台湾出身の医師、大田一博(本名は王輝生)氏が
代読した。李登輝・前総統は弔辞の中で、柏氏の前では自分はただの23歳の学生であり、
柏氏が亡くなったいまも、自分は永遠に23歳の学生だと述べた。また、3年前に柏氏と再
開したときのことを振り返り、「あのとき、もう少し先生の手を握っておかなかったこと
が非常に悔やまる」と述べ、恩師との別れを惜しんだ。李登輝・前総統はさらに、柏氏は
学問的な知識だけでなく、人間としてのあり方などさまざまなことを教えてくれたと述べ、
柏氏の指導がなければいまの自分はなかったと感謝の意を表明した。柏氏の遺族は、李登
輝・前総統に謝意を伝えるため、5月初めに台北を訪れる予定。

(写真CNA:告別式の式場の前に三年前、李登輝・前総統が柏祐賢教授と再会したときにと
った写真がずらりと飾られている。)
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3>>【新刊紹介】盧千恵『私のなかのよき日本−台湾駐日代表夫人の回想50年』

 昭和30年、18歳でICU(国際基督教大学)に留学する為に来日。台湾独立運動にかか
わってブラックリストに載せられ、30数年帰国がかなわず戒厳令解除でようやく帰郷。そ
の後、「駐日台湾大使」になった夫とともに再び日本へ。
 波瀾の半生を端正な語り口で回想しつつ、みずからの内に根づいた日本的なるものを見
つめる。世界でただひとり親日的といわれる台湾の人々が抱く日本観のなかに、失われつ
つある日本人の美質が浮かび上がってくる。               (編集部)

*本会ホームページでも紹介!

■著者 盧千恵
■書名 私のなかのよき日本−台湾駐日代表夫人の回想50年
■版元 草思社 http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794215827.html
■発行 平成19年4月16日
■体裁 四六判、上製、204頁
■定価 1,680円(税込)
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  • 名無しさん2007/04/08

    普段、台湾のニュースが少ないのでためになる。日本に好意的なので元気が出る。