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【メルマガ日台共栄:第449号】 「正論」での周英明氏追悼文 [日刊「房日新聞」 古市 一雄]

2007/01/23



>>>>> http://www.ritouki.jp/――――――――――――【平成19年(2007年) 1月23日】

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<<INDEX>>――――――――――――――――――――――――――――――[Vol.449]
1>>「正論」での周英明氏追悼文 [日刊「房日新聞」 古市 一雄]
2>> 修学旅行の誘致に「モニター制度」の導入を [東京都 S・A]
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1>>「正論」での周英明氏追悼文 [日刊「房日新聞」 古市 一雄]

 先般1月14日に催した「伊藤潔先生を偲ぶ会」の折、許世楷・駐日台湾大使をはじめ20名
の有縁の方々からお言葉をいただき、その中に、伊藤潔先生と台湾独立建国運動の盟友だ
った周英明先生のことに触れられた方が何人かいらっしゃいました。

 周英明先生が昨年11月9日に亡くなられた折、本誌でも盟友の宗像隆幸氏はじめ多くの方
々からの追悼文を掲載し哀悼の意を表しましたが、月刊「正論」2月号において、昨年11月
1日付で前任の大島信三氏の後を襲って編集長に就任した上島嘉郎氏が「追悼 周英明博士
 日本を愛し、台湾を信じた至誠の生涯」と題して追悼文を掲載しています。葬儀に参列
しての感懐や、周英明先生が40年ぶりに台湾に帰られたときに同行取材した際の印象など
をつづった内容です。

 この上島編集長の追悼文に触発されて、千葉県の南房総全域をカバーする(房州日日新
聞社、千葉県館山市)1面の「展望台」と題した社説に「『正論』での周英明氏追悼文」
という一文が掲載されました。

 この日刊「房日新聞」が社説で周英明先生の追悼文を掲載したことは、昨年11月24日付
の本誌でも転載して紹介しましたが、今回も執筆は古市一雄氏。本会理事で台湾研究フォ
ーラム事務局長をつとめる古市利雄氏のご尊父です。

 1月14日付の「展望台」に掲載された記事をここに転載して紹介するとともに、改めてそ
のご略歴を掲げ周英明先生の御霊に哀悼の誠を捧げます。
                     (メルマガ「日台共栄」編集長 柚原正敬)
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「正論」での周英明氏追悼文

                                   古市 一雄

【1月14日付 日刊「房日新聞」 社説「展望台」】

 本欄で紹介した周英明氏について、雑誌「正論」の2月号で「日本を愛し、台湾を信じ
た至誠の生涯」と題して、4ページにわたり、編集長の上島嘉郎氏による文章が掲載され
ている。

 周氏については、昨年11月に本欄で紹介したところ、その直後から関係各方面から大変
な反響をいただいた。館山市のある方からは、日台共栄にかける夢のほかに、歩いてきた
人生の道程は、若い人たちへのメッセージとも思え、これが現代教育の歪みやいじめ問題
解決の参考にもなり共感を覚えたという意見を頂いた。また、日本李登輝友の会は、国内
外の会員向けにメールマガジンをほぼ毎日配信しているが、展望台の記事をインターネッ
トで紹介し反響を呼んだという。

 雑誌「正論」は、普段愛読しているわけではないが、正月休みに立ち寄った書店で偶然
見かけたもの。これも何か奇遇とも思え再び取り上げたところである。

 戦争という狭間の中で、また日本が統治した台湾という地域、その後の国民党一党独裁
による恐怖政治の時代。そんな中、周氏は台湾の民主化に向かって立ち上がり、日本で大
半を過ごした人生でもあった。

 台湾人でありながら、日本に生まれ、日本人名を「ひであき」として育った。終戦後台
湾にもどり、しかし、勉強のために肉親のもとを離れて再び、苦学して東京大学へ進む。
そして、再度祖国の土を踏んだのは、40年後の陳水稲総統となった2000年8月のことだっ
た。

 日台関係に没頭する息子の影響で、少なからず歴史観には触れていたが、香典などは、
台湾の後進に役立ててほしいとして、台湾独立建国連盟に寄贈した。上島氏の追悼文は、
「日本を愛し、台湾を信じた先生の志が息づいていくことを祈りたい」と結んでいる。

 人間は、生まれてから死ぬまで、それぞれに人生があり、その過程は異なっている。そ
して、死して初めてその偉大さがわかることも少なくない。夫人でやはり民主化に関わっ
た「金美齢先生の動に比較して静の周英明先生」と呼ばれていたが、このことが初めてわ
かったような気がしてならない。

 日本と台湾の間に生きてこられた、周氏の人生は特に、日本の若者たちに対するメッセ
ージではないかとも思う。そして、これを感じることができれば、今日のいじめ、不登校
などの問題、国を思う心と力を醸成することができ、教育問題の大半は解決の方向に向か
うのではないかと思う。
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■周英明(しゅう えいめい)先生
 1933年(昭和8年)、福岡県八幡市に生まれる。1946年(同21年)、台湾に帰国。1956
 年(同31年)、台湾大学電気工学科卒、「歯を食いしばって兵役(空軍少尉)を終え」、
 1957年、台湾大学助手。1961年(同36年)、「激烈な競争を勝ち抜き」27歳にて日本文
 部省国費留学生として東京大学大学院修士課程に留学。同時に台湾独立運動に従事。1964
 年、早稲田大学留学中の金美齢氏と結婚。1968年、東京大学大学院博士課程修了(工学
 博士、マイクロ波工学専攻)。1975年、台湾独立建国連盟日本本部委員長。月刊「台湾
 青年」発行人(孫明海)。東京理科大学講師、助教授、教授を経て、1996年、理工学研
 究科長、社団法人回路実装学会会長。2000年8月28日、40年ぶりに祖国・台湾の土を踏む。
 2006年11月9日、大腸癌のため日本国にて逝去。
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2>> 修学旅行の誘致に「モニター制度」の導入を [東京都 S・A]
   −真の交流基盤を作るために

 1月18日付の本誌(第444号)に、宮城県の読者からの「台湾への修学旅行誘致運動を妨
げる朝日の報道」を掲載後、中国ではもっと大規模に展開していることが発覚したことや
、朝日の記事に対して台湾政府の教育部(文部科学省に相当)が反発して《朝日新聞「校
長ら60人『役得』台湾旅行」報道に関する教育部のコメント》を発表したことを21日付の
第447号でも紹介しました。

 この件に関しては読者の方からも何通かご意見や感想をいただいています。中でも、こ
こに紹介するご意見は、「役得旅行」と揶揄った朝日に反発するだけではなく、この教員
たちの旅行を日台交流を進めるチャンスとして捉え、日台交流の基盤をつくるために「モ
ニター制度」を導入して生かしてはどうかという前向きな提案です。実名で出せないのは
いささか残念ですが、東京にお住まいの本会会員の方です。

 この提案には、編集部も大賛成です。台湾観光協会も台湾政府の教育部も、また、この
旅行を後援している財団法人「日本修学旅行協会」(日修協)も、ぜひ検討していただけ
れば幸いです。もちろん朝日新聞も、非難するだけではなく、もっと幅広く取材し、解決
策を提案をするためにも、ぜひ参考にしてください。            (編集部)
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修学旅行の誘致に「モニター制度」の導入を−真の交流基盤を作るために

                                 東京都 S・A

 朝日新聞の「『役得』台湾旅行」の記事には考えさせられる点が多々ありました。

 ひとつは教育者のモラルが低いこと。

 これは私の大学の友人に教育従事者が少なからずいるので、彼らと話す機会が多いので
すが、特に小・中・高学校の教職員には一般社会の世情や常識に疎いのには驚かされます
。常に彼らの話題が教育界という城門の内側の話に終始しているからかしら? と思った
りしています。ですから、この問題も「教育改革」を含めた今後の課題でしょうか。

 二つ目は、朝日新聞の台湾と中国に対する記事の取り上げる際の差別的な扱い方の問題
です。

 メルマガ「日台共栄」編集部の皆さんや宮城県の読者のご意見はこの論点に集約される
かと思いますが、付け加えて申せば、朝日が後日言い訳がましく「中国でも……」と報道
したことで、却って「台湾は中国と同じ思考・行動パターンをもつ=やはり中国と根っこ
は一緒なんだ」との悪いイメージを植えつけてしまった感があります。

 恐らく、中国や台湾ほどの接待はしなくても、他国でも多かれ少なかれ似たような誘致
合戦は行われているかと思います。朝日がもう少し手広く調査して(日本国内でも事例は
あると思います)、複数国の実態を記事に取り上げてくれたら、台湾が槍玉に上がらなく
てすみましたのに、残念です。

 三つ目は、朝日新聞にしても台湾および日本の政府関係者にしても、「では、こうした
問題に今後どのように対処すべきか?」といった解決策を何も打ち出していないというこ
とです。

 宮城の方のように読者としてあの記事に対して、「修学旅行の誘致運動を妨げてしまっ
ていいの?」と新聞社の在り方を問いただすのも必要でしょうが、今後の日台の文化交流
を考える一助とはなりにくく、下手をすれば「今後こうした運動は控えよう」とのネガテ
ィブな見解に発展する可能性もあります。

 そこで、ちょっと考えてみたのですが(拙い提案ですみませんがお耳を拝聴)、「日台
共栄」をモットーに掲げる日本李登輝友の会として、台湾および日本の交流窓口へ、以下
のようにはたらきかけてみてはいかがなものでしょうか。

 誘致合戦をする場合、ある意味で勧誘側が「接待」もしくは「優待」するのは、相手が
公務員であろうがなかろうが、当然の仕儀かと思います。今回の件の問題は、その「やり
方」でしょう。

 費用が本来15〜20万円かかるところを4万5千円としても、五つ星ホテル泊でも構わな
いのですが、その見返りを義務として視察側に課せばいいかと存じます。つまり、「モニ
ター」形式にしたらいかがかと。

 修学旅行の視察の場合でしたら、条件として、
1.修学旅行の際に実際に泊まる宿や食事のメニュー等はきちんと視察させる。
2.視察する側の人選は、校長および役職に限らず、広く教職員から募る。
3.台湾の観光局側が、あらかじめ知りたい情報項目を盛り込んだテーマをいくつか設定
  しておき、それについて、以下のような具体的な報告書を視察者に提出させる。

 ・台湾の風光・風物・人への率直な感想
 ・台湾を修学旅行地として選ぶメリット・デメリットは?
 ・コースや旅行内容の改善点や要望
  etc

 そして、できればコースの中に、台湾の現地の大人や学生との交流の場や、授業参観(
参加でもよい)を組み込んだシステムづくりを、台湾と日本側が共同作業で取り組む、と
いった形にもっていければなおいいのですが……。

 遊び半分でなく、本腰で取り組み、本物を体験した視察や修学旅行は、きっといつか両
国に役立つはずです。経済の方は、結果として良ければ、必ず後からついてくるでしょう。

 こういう小さな案件を、日台一丸となって検討を積み重ねていく過程こそが、真の交流
の基盤となるのではないかと、私は思っています。

 差し出がましいと存じつつ、徒然に思ったことなどを書いてみました。
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