時事・世論

斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」

君主制の国は少なくありませんが、神話の世界につながるほど古く、1つの王朝が連綿と続くのは日本の天皇だけです。天皇は何をなさっている方なのでしょう。知っているようで意外に知られていない天皇・皇室の世界を、日本人の精神史の語り部が事実に基づいてお話します

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創刊日:2007-09-25  
最終発行日:2018-06-17  
発行周期:週刊  
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最新のコメント

  • ryusoo14912018-04-22 15:16:04

    >200年前の事例にならうなら、今上陛下の退位の礼と皇太子殿下の践祚の式、すなわち剣璽等承継の儀は、5月1日に連続して、一連の儀式として、行われるべきではないでしょうか。<

    以上の貴見に全面的に賛成です。

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  • ryusoo14912018-04-10 22:01:03

                                                            H30(18).04.10.

         元最高裁判事・園部逸夫に見る過去への接し方

                    /言葉には継承されてきた独自の意味内容がある

     はじめに:ロシアの場合

     ボリス・パステルナークの著作『ドクトル・ジバゴ』はソ連(現ロシア)で刊行されないので、1957年にイタリアから出版、58年にはノーベル文学賞を受賞したものの辞退に追い込まれた。その内容の素晴らしさは、現在でも色褪せていない。一般には、1966年に公開されたデビッド・リーン制作の映画で知られている。挿入曲「ラーラのテーマ」でも、今もなお有名だ。

     この大河小説は、1917年のロシア十月革命が隠れた主題としてある。トルストイ「戦争と平和」は、1812年ナポレオン・諸国民連合軍のロシア侵攻を扱った。20世紀版の再来とも考えられるこの作品は、革命による内戦を叙事詩と受け止めたか。著者は、当時のロシアでは唯一無比の共産党の「神話」である革命を、大胆にも相対化している。著者のパステルナークは、それを積極的に意図したわけではなかったと思われるが、そのように読んでも不思議ではない物語の展開であった。主人公の医師で詩人のジバゴの弟が共産党の中枢に直接する存在で、舞台回しの役回りになり登場してはいるものの。

     作中に、ロマノフ王朝最期のニコライ皇帝一族が銃殺されたニュースに接して、なぜそんな残虐なことをとの反応に対し、旧貴族であるジバゴ夫人の父が「革命とは過去を抹殺する」とつぶやく。レーニン率いる革命政権による皇帝一家の断絶を図った意図を、端的に表現している。

     ソ連共産党がこの小説に根本で敵愾心を抱いたのは不思議ではない。この小説が予言したわけではないが、革命以前の全てを反動として抹殺するのをイデオロギーとしたソ連帝国は、個々人の持つ抑えがたい心情という「自然の摂理」に逆らい抑圧したために、1991年にあっけなく自壊した。70余年にわたり党が内外に宣布した神話は跡形もなく消え、自らが否定される存在になった。

     米国を中心にした西側は、東欧を含めたソ連の消滅を自由の勝利としたが、さて。ソ連無き後の後継国家になろうとしているかのロシアと米国の新たな冷戦が始まっている。現在のロシアは、今は過去になったソ連の栄光を引き継ごうとしているかに見える節もある。すると、91年のソ連解体は一体何だったのか。一時の後退でしかなかったのか、でもあるまい。

     ここに見られる現象は、「過去」の扱い方の微妙さである。ソ連崩壊直後のロシアでは革命以前のロシアへの回帰が求められた。パステルナークとは異なり共産党嫌いのスラブ派であったソルジェニーツィンは、余儀なく亡命させられた米国から帰国し、革命以前のロシアへの回帰を求めた。コミュニズムと共有する側面もあるような米国の世俗主義にはウンザリしていた模様である。

     現在のロシアには二つの回帰の潮流があり、互いが抱える「過去」に違いがある。だが、過去を大事にしている面では同質である。別の言い方をすれば、過去は抹殺できないし、すべきではないとしているのだ。抹殺すれば拠り所を失うのは痛感しているのであろう。そうした意味では十月革命に懲りている。

     すると、革命を掲げていた共産党時代の評価が問題になる。一概に否定して、栄光の側面を捨てるわけにもいかない。ここから、プーチンの現代ロシアは過去に対し屈折した心理を起こすようである。現在を強化するための都合のいい「過去」だけの再構成はありえない。過去を一切否定し抹殺に心がけたソ連の行き過ぎた在り様への批判は、社会的に共有されているようだ。

       (1)1945年の敗戦以来70余年の日本にとっての「過去」

     今年は明治150年になる。日本国と日本人にとっての分水嶺は、1945年の敗戦であり、その後の7年弱の占領下という未曾有の体験である。1945年以前を近代とすると77年、以後を現代とすると73年、である。

     占領期間7年弱の間に公認された歴史認識では、それ以前の近代という「過去」は、ロシア革命のように抹殺というより否定すべき負の烙印を押された。直接の烙印は、敗戦を受け入れたポツダム宣言の文脈に従い設置された極東国際軍事裁判での訴因、平和に対する罪、人道に対する罪である。訴因期間は1931年9月の満洲事変から降伏までの15年間。だが、占領下での教育や出版などでは、それ以前の近代日本そのものに諸悪の原因があったようにされた。だから、「負の烙印」という表現を用いたのである。こうした占領統治下での印象操作に使命感をもって従事した高学歴の欧化知識人?は多い。

     勝者が判事と検事を担う政治ショウの国際裁判では、人道に対する罪は成立しなかったものの、平和に対する罪が押し付けられ、軍人6名元首相の文官一人が死刑判決で絞首刑になった。裁判に名を借りた日本国への勝者による復讐劇であったのは、日本以外では常識になっている。占領下の日本人に、自らの「過去」を恥ずべきものと思わせるための舞台装置でしかなかった。

     だが、大部分の日本人は、その政治ショウの実態を距離を置いて受け止めていない。それは、占領軍の意図を周知徹底するために作られた公職追放を含む制度と要所要所に動員され配置された要員の権威化が永らえているからだ。

     その最大の装置が現行憲法である。それは、前文の論旨に露骨に出ている。

    前文の論旨に基づくから、1条や3条の解釈、さらに9条の条文の拘束が大手を振る。しかも、「過去」に負の烙印を押した上での成り立ちである。

     1945年の敗戦まで近代日本に生きた日本人は、栄光の時代に自分たちが生きていたと確信していたのが、敗戦と占領を経て、真逆な認識に立つのが当然視された。以後、今日に至るまで、1945年以前の日本の「過去」に対し負の印象を持つのが当たり前のようになっている。栄光ある維新の精神は、150年を経て後代の現在の日本人には伝わらなくなっているのか。

       (2)皇位・皇室へのあいまいな印象が強化される背景

     150年前の維新の精神の中核を担っていたのは尊皇であった。だが、1945年に敗者になって以来、まるで否定されるべき「過去」の日本の象徴が、天皇や皇室になっている。占領軍は「神道指令」などの大枠を作り、その枠組による心理作戦で巧妙に日本人が皇室に距離感を抱くような操作をした。それを民主教育と称していた。その担い手が義務教育を担った日教組であった。

     その枠組み作りの最初の山場が、日本国が降伏調印をした9月2日から4ヶ月後の1946年元旦のいわゆる「天皇の人間宣言」である。被占領側の立場から強意に言うならば、茶番の詔書であった。救いは、昭和天皇のご意志により、近代日本最初の国是『五箇条の御誓文』を冒頭にもってきたところである。

     この布石あって、占領側の意図は理義上では半減以下になったものの、軍国主義のシンボルから平和と民主主義のための「人間宣言」という印象操作が、憲法の1条と3条でいまだに猛威を振るっている。それは、今次の御代替わりの諸礼への政権の取り組みの仕方にも出ている。占領軍御用達による現行憲法の法理解釈を、現在でも公式にしているところに出ている。すると、1条にある「主権の存する日本国民」が、いかにも先験的に優先するのが正しい理解になる。だが、そうした解釈は、天皇を上記裁判に証人出頭を仄めかしての人質にして、憲法原文を手交した占領軍側による、布石の一つであるに過ぎない。

     別の解釈は、修辞から見ても十分な存在理由がある。それは、1条にある「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるとの記述であり、その前提に立っての、2条の「皇位は、世襲」である。この文脈を踏まえると、大方の憲法学者が世に広めている「国民主権」という記述は、最優先するものとは成りえず、副次的なものでしかない。

     だが、主権回復後も現行憲法を存続させたために、占領軍による優先解釈である民主主義の成果としての「国民主権」または「主権在民」が公認の思潮になり、70年を経ている。すると、国民統合の象徴である天皇の成立条件である2条の「世襲」は、さほどの意味を持っていないように見える仕掛けになる。

       (3)国民主権が優位で世襲の皇位が軽視されるのは

     占領下で推奨された国民主権が何者にも優先すると解釈する、元最高裁判事の園部逸夫に代表される妄言が罷り通る背景に何があるのか。来年に御代替わりが行われるこの時期にこそ、真摯に考える必要がある。園部は女帝論を持ち出したことでも知られている。このままでは皇室は継承者が足りなくなり、近々に衰微し血脈が途絶える、との皇室の将来を憂慮しての発言であったとも。

     園部の言い分からは、皇統や皇位について主に血脈や血統から考えているのが想定される。たしかに血統や血脈は世襲の重要な成立条件である。だが、これは必要条件ではあっても、十分条件にはなりえない。世襲という制度が成り立つには、血統という生理的な条件が唯一の優先事項ではないことに、園部は気づいていない。現行憲法2条の条文の省略されている部分への注視への言及がないからである。不文の法が2条には秘められている。

     世襲である皇統が成り立つのは、生理的な条件だけでは不十分なのである。皇統は祭祀の継承あって成立する。その行為に意味が付与されるから。神前での奉仕は、文化であり文明の中核に根付いていることの現前化なのだ。

     現在の行政法ではない皇室の家法ともいう旧皇室典範や、皇室祭祀令、登極令などの諸令が廃止されて、一介の行政法に堕した皇室経済法がある。「私人」?天皇の課税に処する条文(7条)の運用で、「三種の神器」の公事性がある。その継承に際し、国事行為として祭祀性がかすかに生きているかに見える。

     しかし、占領下にあって、従来は公事であった皇室で厳修される祭祀は、天皇の私事と決めつけられたのは、「神道指令」に明らかである。それが民主化の基本条件視された。祭祀を公事として考える向きは前近代の非民主的なものと断定された。この断定が一定の意図性をもっていたのは、今日は明らかだ。

     そうした決めつけが思考停止状態で権威化され現在に至っている。例えば園部である。2条に記されている「世襲」の成立条件である祭祀は、剥奪されたままで解釈されるから、専ら皇位は血統重視になる。そこに生理的な条件はあっても、皇統を成り立たせる営々と継承されてきた狭義では文化、広義では文明としての祭祀への顧慮は、欠落して不思議としない。現行憲法の法理解釈がいかに日本文明固有の品位と無縁かを示している。皇統は犬や馬の血統とは違う。

     いずれ、将来、皇位の継承で直系男子がおらず、傍系に求める事態になったときに、血統上では同質の条件による複数の候補が生じたとする。そこでの適格条件は祭祀への敬虔さの一点にかかっている。しかし、現在公認されている憲法の法理解釈からは、こうした観点は登場し得ない。ここに、現行憲法解釈の弱点がある。この弱点こそ、現行憲法を与えた側の隠れた意図であったのは、「神道指令」発令後の占領軍総司令部・民政局宗教課のスタッフの回顧録に覗うことができる。憲法2条の解釈は血統だけにして、祭祀を私事化することで、中長期的に皇位・皇統の空洞化、ないしは自然死を図ったのである。

       (4)言葉の意味が乱れると過去が観えなくなる

     来年の御代替わりの諸礼を考える式典準備委の議事進行を公開されている議事概要から覗うと、儀礼に関わる言辞、言葉の乱れに寒心する。その一例は、専門家扱いの園部の言動に観ることができる。2回目の準備委で報告された「有識者ヒヤリングについて」に収録されている園部の発言は以下、

     >○ 皇室の伝統等という観点からは、光格天皇の例などを参考にすることが大切であると考える。

        ○ 式典の名称は「退位の礼」と称し、その中心の儀式として「退位を公に宣明されるとともに、その退位にあたり国民の代表が感謝の挨拶をする儀式」として実施してはどうか。また、中心となる儀式の名称は「退位礼退位宣明の儀」「退位宣明の儀」「退位礼正殿の儀」などが考えられる。< (5頁)

     皇室の伝統という修辞から、200年前の119代・光格天皇の事例を取り上げるのだが、その趣旨が不明である。光格天皇は1817年に120代・仁孝天皇に譲位をされ上皇に就かれている。今次は、憲法3条と退位特例法を盾にして、譲位のご意向を公式に承認していない。参考になるはずがない。参考とは「上皇」の名称だけだ。譲位と退位の意味は全く違う。

     「宣命」という言辞を度々用いている。「宣命の儀」は42代の文武天皇の即位から始まり、古来から特定の意味をもった譲位、即位の際の儀式である。今回のような退位の理由付けでの「宣命」は、本来の意味からはあり得ない。それを宣命と称するのは、皇室伝統を重視するという以上は不自然である。現状で宣命を言い募るのは、皇室伝統に対する非礼ないし冒涜と称してもいい。

     しかも、今上陛下は昨年末のお誕生日を迎える数日前の記者会見で、明瞭に「譲位」と発言されているのだ。譲位あっての宣命の儀であり、その上での即位をされた上での宣命の儀は成り立つのが、伝来の儀礼の本意である。園部の発言は、皇位・皇統の在り方とは無縁な恣意そのものとしか言いようがない。

     司法に従事した者がこういう勝手な発言をするのは、「伝統」という世界を軽視してきた占領下に始まる「民主化」の悪癖である。ここには、伝統という表現にある過去の営為は浮上してこない。歴史の来し方とは無縁な作為があるだけだ。現行憲法の法理にある国民主権という表現にあぐらをかくから、千数百年の祭祀に築かれた祭祀の意味するものを無視できる妄動になる。

       (5)昭和天皇の取り組みを継承した今上天皇

     昭和天皇は、占領下の制約の中で、皇位という在り方を守ることに全精力を注いだ。それは同時に皇統を守ることであった。さらに、それが日本人と日本文明と守ることと表裏一体になっていた。方法は、二つの分野の遂行にあった。その一つは、例え私事になろうと宮中祭祀の継続によって確保された。

      『昭和天皇実録』には、最小限度しか記述されていないが、祭祀において奏上される祝詞、御告文など祭文のあったことが記されている。それは占領中も継承された。神前での奉仕は、戦前、戦時、戦後において、その基本でいささかも変化はなかった模様である。そこには、皇祖皇宗及び天神地祇に向けた陛下ご自身の敬虔で率直なお気持ちが、文辞として示されているはずである。

     他方は、近代日本の皇室で制度化された歌会始め、講書始めであった。また、主権喪失下にあって国民ではなくなっている無辜の日本人に向けての、全身をもっての接触にあった。地方巡幸はそれであり、日本の国柄の集約点である皇位の意味するものを、ご自身を晒すことによってお示しになられた。世上では、象徴天皇の実証であったとか、開かれた皇室の在り様だとかの軽薄な批評がされたが、そういう言い方は上っ面の物言いでしかない。祭祀に裏打ちされた巡幸であるからこそ、人々にその振る舞いの説得力が生じたのである。

     昭和天皇が懸命に築かれた軌跡を継承されたのが今上陛下であられた。私事視されたままの祭祀の厳修を継承されておられた一端は、公務軽減等の「有識者会議」での委員の問いかけに、宮内庁から祭祀に関わる時間が最も多いとの答弁に出ている(注)。しかし、注に明らかにしたように、祭祀は公務ではないとの憲法20条の「政教分離」解釈により、この問題は不問にされた。

     今上陛下は、平成16年8月8日のビデオを用いた御言葉において、「伝統の継承者」のお立場から、祭祀の重要性をさりげなく示唆されておられる。だからこそ、神前での奉仕の際に加齢による錯誤のご懸念から、譲位のご意向を暗に示されたのであった。ところが、有識者会議は、この最も重要な提起に対して、「負担軽減の対象とすべきではない」との判断を下している。この行(くだり)の評価は微妙である。親の心、子知らず、との言い方も成り立つから。

     先帝・昭和天皇からの相伝に思いを巡らすと、そうした表現を用いざるを得ない。来年には新帝になられる皇太子ご生誕を迎える前の記者会見でのご発言を見ると、今上陛下のお気持ちは十分に伝わっていることが観えた。 

     (注)「・天皇の御活動においては、宮中祭祀のボリュームが大きく、また、ヒアリング においても役割の中核は祭祀であるとする意見が多くあったが、政教分離の観点から、それを公務と位置付けることはできないので、公務負担軽減の対象とすべきではないのではないか」。公務軽減有識者会議 第8回『議事概要』1月11日。1頁。

       むすび:過去は未来からやってくる

     今次の御代替わりである譲位のはずの「退位」と即位の諸礼を、日本文明の別意である国柄として、どう接すればいいのか。それは、結局のところ、日本の伝統が集約されている宮中祭祀の評価に収斂されてくる。これは、日本列島に棲んできた先人らが、自前の文明の継承にどのように取り組んできたか、その営為をどう受け止めるかを意味している。

     過去の学び方とは、過去にある生命(いのち)を知ることだ。過去を骨肉化すれば、自ずと未来から過去が現在にくる。それは、過去の軌跡への認識の仕方が妥当だ、ということである。正否さまざまな要因により構成されている過去の軌跡の一切を、視野に入れる覚悟と学識があるか。そこで、何に力点を置くかの選択が妥当であれば、過去は靭(しな)やかに未来から来る。それこそが継承の営為なのだ。園部など今の体制派知識人には、そうした思念の重みはない。皇室伝統の本旨である祭祀に不明だから。伝来の学識に無縁なのである。

     先帝、陛下、皇太子殿下の3代の皇統に流れる切実さを懐(おも)う。

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  • 名無しさん2018-04-04 01:11:43

    応援しています!

    当方も妻、子供達への啓発、ひいては周囲の認識の是正に繋がるよう、努力します。

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  • ryusoo14912018-04-02 18:01:49

    日本人が変わったのではなく、今の政官エリートの意識が日本人でなくなったのではないかと思うのですが。

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  • ryusoo14912018-03-30 14:45:36

    貴見に賛成。

    八木、所など曲学はいつの時代でも輩出。

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